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印西市吉高三角作古墳群(その2)

刈又5号墳の前から北へ進み右へと下り始める所で左から真っ直ぐ北へ進む林道に入ります。
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ここから北の墳丘は十三仏古墳群とも纏められるほか、吉高古墳群の第5支群に含まれます。

間もなく右手の道端に小さいマウンドが見えて来ます。三角作6号墳と思われます。
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この奥に北西向きで全長28mの前方後円墳である刈又3号墳が記載されてるのですが、地形ごと失われてるのか見えませんでした。

通過して北西より見てます。直径5m、高さ1mの小円墳です。
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墳頂には金剛愛染明王の彫られた二十六夜塔が建てられてます。
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これも林道を背にして印旛沼(現在は埋め立てられて印旛捷水路)側の斜面を向いています。

更に北に進むと林道が木立を避けて右にカーブしてますが、その左手に木立の中に入れる場所が在って突き当りに石祠と青面金剛像が祀られてます。
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90度左を向くと木立の中にマウンドが見えます。これは三角作3号墳の後円部の東面になります。
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上の石造物は視界の開けない墳丘上から降ろされたのでしょうか・・・?

木立の外に出て西より見てます。南西向きで墳長17m、高さ2.5mの前方後円墳です。
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軸線方向なので前方後円墳には見えませんが、北側の墓地からは墳丘裾部が良く見えてます。
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前方部も後円部も上がれませんので前方部南西隅部より最も前方後円墳らしく見える墳丘西面を見てます。
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資料によって前方部を2mの高さとしてる場合も有りますが、現状は1m強程の高さで、倒木が積み上がってます。

林道挟んでそのすぐ東側の台地縁に在る刈又2号墳を西より見てます。
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邪魔な倒木は3年前もそのまんま有った気が・・・。

北西より見てます。位置的には2号墳と思うのですが、規模的には直径13m、高さ2mで刈又1号墳である可能性も有ります。
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吉高古墳群としては三角作6号墳には19、三角作3号墳には16、刈又2(1)号墳には13(12)の番号が振られてます。

続きます。

印西市吉高三角作(よしたかみすみさく)古墳群(その1)

京成スカイアクセス印旛日本医大駅の東およそ2.5km、印旛沼の北西側の台地上で今の時期観光スポットとしても有名な吉高の大桜(今年は他の桜と同じく開花が早くてもう花は散ってしまい、コロナ禍のため桜まつりも無料バスの運行も中止になりました)、民家の並ぶ谷津を挟んだ背後の台地は印旛沼を見下ろせる場所で多数の古墳が築かれました。
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(観光客で賑やかなこの画像は数年前のものです)

経緯は不明ですが該当エリアの古墳群は吉高羽黒・三角作・若作・刈又・立田台などと細分された為に一部混同も有る印象なのですが(ちば情報マップだと7基が羽黒3号墳表記です)、ここでは統合されたとする表題古墳群部分を、大桜の西側も含めたコの字形の台地上を吉高古墳群として一つに纏められた資料を基に照らし合わせてみたいと思います。
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いつものやっつけ地図で分布域を南から見ていて、赤が確認出来たマウンド、青が発掘で確認された埋没古墳です。

国道464号線(北千葉道路)から県道12号線に折れて大桜に向かい(桜まつり開催時は車両規制が有り、通常でも交差点が大渋滞するので駅からタクシーに乗るとまず南の県道65号線をぐるっと迂回されます)、大桜手前の陶器屋さんの看板の出てる丁字路を右折して坂を下り切り、三叉路の右の道を上がって北上すると立田台1号墳が見えて来ます。
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現状一辺10m程の方墳に見えますが、直径6m、高さ約0.5mの円墳とされます。墳頂の奥側が土盛りされ(もしくは木の根?)、農地は掘り下げられてるのでもっと高く見えます。隣接する立田台第二遺跡の報告書では軸と言う言葉も出てきますが・・・?

北東より見てます。左手の畑で墳丘に並んで立田台第二遺跡SM01号墳が見つかってます。1号墳周りは発掘されてないので19m×14mの長方形墳と考えられてますが、南向きの前方後円墳としてくっついていた可能性も考えられてます。
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径28mの2号墳はおよそ200m離れたスカイアクセスの南側で消滅した立田台第一遺跡内で、同じく消滅してます。

墳頂には印旛沼(現在は埋め立てられて印旛捷水路)の在る南東を向いて勢至菩薩像と石祠が祀られてます。
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先程の三叉路の真ん中を進んでも、後方の道に出て結局合流します。

SM01号墳からは2ヶ所の主体部が見つかり、南側の石棺が市立印旛歴史民俗資料館内に移設・展示されてます(撮影は要申請)。北側の石棺は抜き取られてました。
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L1.82m×W0.8m×H0.8mの雲母片麻岩を組み合わせた石棺の中から6体分の人骨が見つかり、展示場ではイメージとして一部を再現しています。天井石は省略されてますが南端の一枚だけ(この向きだと奥側)追葬の為に粘土で隙間を埋められてませんでした。

側面に解説パネルが貼られてます。副葬品はあまり見つからず、勾玉のほか玉類や須恵器片などが出土し7世紀後半の築造と推定されてます。
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SM01号墳の南の三叉路近くには径20m級のSM02・03号墳が見つかり多くの円筒埴輪や須恵器・土師器が出土したほか、径10m級のSM04号墳、一辺7.4mの方墳のSM05号墳も検出されてます。

120m程北東へ進むと右手に直径約20m、高さ約1.5mの円墳が見えて来ます。規模からして、刈又5号墳と思われますが、手前に在るはずの径約30m、高さ約2.5mの同6号墳は見当たりませんでした。
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北西より見てます。ここまでの墳丘は若作古墳群として纏められられてるほか、吉高古墳群の第6支群としてここは21、立田台1号墳には23の番号が振られてます。
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墳頂にはやはり印旛沼を向いて大日様が祀られてます。
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続きます。

栄町龍角寺古墳群(その1) 浅間山古墳

龍角寺古墳群はJR成田線下総松崎駅の北方およそ1.5mnの台地上周辺に分布する大規模な古墳群で、6世紀前半に造営が始まった後、首長が変わり勢力が公津原古墳群から移って来て多数の古墳が築かれたと想定されてます。

風土記の丘内の房総風土記の丘資料館(長期休館中)玄関前から竜角寺へと続く白鳳道と言う古道を北に向かって進むと県道18号線(成田安食バイパス)のバス停に出られますが県道に出ずに、左手の坂を下って県道を潜ります。
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時期によっては県道下のトンネルを抜けると倒竹で進むのも困難な場合も有るみたいですが、100mちょっと坂を上がると後円部の東側に出ます。これが浅間山古墳と呼ばれる龍角寺111号墳です。
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ここに解説板が設置されてます。常時見られる浅間山古墳の解説はここだけです。
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後円部の裾部に沿って左手に進みくびれ部南東面より墳丘を真横から見上げてます。群中最大規模で、7世紀前半に周辺では最後に築かれた前方後円墳と推定されてます。
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南西向きで墳長約78m、高さ現状8mの前方後円墳で、左が前方部で右が後円部なのですが、日が当たってる石室前庭部がほぼ重なって後円部が良く見えてません。周溝も含めた全長は90m以上とされます。

先程の階段を上がった後円部墳頂には浅間社が祀られてます。手前の踊り場の少し下が元の後円部の高さです。
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こことは別に後円部北側裾部には八坂神社の祠が祀られています。

後円部墳頂より前方部を見てます。
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近年は町によって墳丘上の草刈りが行われ墳丘上が見易くなりました。
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くびれ部より見た後円部も以前はこんな感じでした。
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草刈りされて後円部南側を周って前方部上へと行く獣道もサッパリしました。
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浅間社が建つ際に1m程土盛りされて高くなっていて、大生古墳群の鹿見塚古墳みたいにちょこんと後円部上段が飛び出てる印象です。

180度振り返って草刈りされた前方部を見てます。緩い勾配で先端が高くなっていて、先端の高さは後円部の元の高さとほぼ同じです。
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前方部先端付近より後円部を見てます。
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休館中は見られませんが、2018年に風土記の丘内の房総風土記の丘資料館1FにL6.7m×W2.3m×H2mの石室の原寸大レプリカが造られました。
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オリジナルは筑波産絹雲母片岩(筑波石)の板石組横穴式石室ですが、レプリカは天井石・側壁・奥室などは強化プラスチック製で、中に入れる前室床面はプリント再現です。

奥室内に造り付けられ、盗掘の痕跡が窺えないのに中は空っぽだった石棺も再現されてます。
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こことは別に前室に関東では大変珍しい漆塗りの木棺が据えられていた事が判明しています。

再現されたのはほぼこの図の範囲で、羨道の一部が省略されてます。前室・奥室には左壁に大きい覗き窓が設けられ履物を脱いで石室内に入らなくても見学出来ます。
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石室内や周囲からは金銅製冠飾をはじめとする装飾金具の他、刀類・飾り弓・鉄製小札・馬具・鉄鏃・鉄釘などが出土し、千葉県の有形文化財に指定されました。

すぐ横には色の付いて周溝などの見易い実測図・断面図のパネルや、
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解説パネルも設置されてます。
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印西市大仏古墳(?)

国道16号線大島田交差点から南におよそ1.6km南下した、沼南体育館そばの名称の無い信号の交差点を東に折れて、600m程進むと右手にみよしろ大仏が見えて来ます。

大仏と言っても個人の勧請による子供サイズの石仏で、寛政2年(1790年)に建立されました。近年周りの樹木が伐採され、台座を新設されて人の丈よりは高くなりました。
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「みよしろ」とは漢字にすると宮後となり、かつて円墳2基が在った神明社(この西およそ2km)の背後に位置するという意味です。

横に説明の彫られた石碑が立ってます。ほぼほぼ家系についての話で地域の歴史的な事には触れられてません・・・。
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大仏のすぐ横には石材らしきものも見える小さなマウンドが並んでますが、これは墳丘ではなく横に立ってた巨木の切り株の名残です。
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画像右端木の杭に沿ってかつては旧道が真っ直ぐ奥に伸びていました。

ちば情報マップではその旧道に沿って南へ110m程進んだ場所に直径7mの円墳として大仏古墳がポイントされています。

ここがそのポイントの場所です。自分の曖昧な記憶では奥の東京ガスの施設は以前ブロック塀で、その下から手前の数本の樹木の木立にかけて僅かに盛り上がっている状態だったハズなのですが、今は奥のゴミ捨て場の左がやや盛り上がってるかどうかという状況です。それとも白い鉄杭で囲まれた部分が墳丘址なのでしょうか・・・?
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左手のフェンスは大仏横から旧道が続いていた址です。

周囲には民家も少なく通りがかりのご高齢の方に伺っても、東京ガスの施設も含め塚状の場所は記憶に無いそうですが、すぐ南東の三叉路の交差点横には道標が恐らく反対側の旧道沿いから移設されて並んでいて、更に右側にもかつては何か祀られていた様です。
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古い航空写真では旧道の西側が雑木林になっていた様で、このガス施設自体が古墳址なのかもしれません・・・。

印西市炭焼遺跡

炭焼遺跡は二つに分かれた南側の印旛沼北端を南東に見下ろす台地縁の縄文早期と弥生後期の遺跡で土器が出土してますが、円墳2基が遺跡範囲内に含まれてます。

スカイアクセス印旛日本医大駅から県道65号線に出て700m弱ほど酒々井方面に進んだ信号を右折し、およそ550m進むと左手に1号墳が見えて来ます。

鎌苅炭焼1号墳を北より見てます。直径約15m、高さ2m弱の円墳で、墳丘は手付かずで周囲のみ調査されたものの特に遺物は出ていない様です。
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墳丘上は特に何かを植える事も無いのですが下草も刈られて管理されてます。
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ですので表面観察はとてもし易いのですが遺物等は特に見つかりませんでした。

ところが道路の反対側東面は直線状に削られてました。農地側の南面も若干削られてます。
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すぐ左手は印旛沼沿いの水田へと下る台地斜面です。

農地を挟んだ南側の2号墳所在地付近を南西より見てます。昭和60年の調査時に箱式石棺が見つかり、開けずに保存されたそうですが現状この状態で何処かも明瞭ではありません。
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奥の農地との境の木立周囲は近くで見させて頂きましたが特に埋め戻した様な場所も見当たりませんでした。
プロフィール

あんけん

Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

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