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小山市東島田10号墳

思川左岸の段丘上で喜沢古墳群のすぐ北側に隣接して分布する古墳群で、10号墳は桑57号墳の北西およそ300mの宗教施設敷地内に保存されてます。

桑57号墳前から県道18号線を150m程北に進んで左折し、また150m程で右折して細い道路を進むと左手の庭の奥に墳丘と標柱が見えます。
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北東より見てます。奥の木立の先はすぐ下を思川が流れてます。

市の記念物に指定され建てられた標柱をアップで。私有地内な事もあって説明等は敷地外も含め無いみたいです。
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南東より見てます。直径約25m、高さ2m弱の円墳です。見た目は若干数値よりも低い墳丘に見えます。
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未調査ですが、径に対して高さも無い事から地下式もしくは半地下式の石室が想定されてます。

南西より見てます。墳丘越しに車の屋根が少し見えてる場所が敷地への入り口で、出て左に100mも行かない場所に(森林公園の?)小駐車場が在ります。
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そこに駐車して小川を挟んだ北側の墳丘も見ようと思ったのですが、訪問時には台風が来た直後で全車枠と道を塞ぐ倒木が有って断念し、お声掛けして入り口脇に停めさせて頂きました。有難うございました。
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那須町唐木田古墳

舟戸古墳群前から国道294号線をおよそ8.4km北上すると、芦野氏旧墳墓が在って国道と旧芦野宿に分かれるちょっと手前に横断歩道が見えて来ます。横断歩道上から右手に見える墳丘が唐木田古墳です。
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竹藪の手前は旧道が国道化され拡幅されるまで畑地だったらしく墳丘裾部まで50cm程削り取られてます。

北より見てます。墳丘周囲は竹林で肉眼ではちょっと離れても規模の割には良く見えるのですが、一切の案内が無いので気付き難いかもしれません。
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主体部は未調査で規模と西側の切土部分の確認のみ行われてます。

北東隅部に寄って見てます。奈良川を西に見下ろす斜面上に山寄式に築かれた一辺約10mの方墳で、高さは西面で約4m、東面で1.3mです。
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現状角張っては見えず、言われないと円墳に見えてしまいます。

南より見てます。墳形や、「唐木田」は唐来たの意だとする推測などから、葬られてるのが渡来人ではないかと町では推定してます。
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舟戸古墳群は一般的に関東最北の古墳群と認識されて町の史跡に指定されてますが、こことの間、特に伊王野地区には未調査の単基古墳や古墳群が存在し、墳丘も有るそうですが地元那須歴史探訪館にも関する資料が無く、地元図書館や県立図書館でも望み薄だそうで、当墳丘についてだけ場所と名称が確認出来ました。また舟戸古墳群についても追加情報が有ったので、記事を修正しました。

小山市飯塚古墳群(後編)

古墳群としては31号墳よりも北側で飯塚埴輪窯を含む河岸段丘上が中心でしたが、現在残る墳丘が殆ど在りません。分布図未掲載で私有地内の怪しいマウンドや石祠の横に置かれてる怪しい石材とかは見られますが・・・。県道18号線沿いのマウンドは一里塚で、そのすぐ南西に1号墳が在りました。35号墳の西で31号墳南側、台林寺と天満宮の境内周辺には未調査ですが古墳と思われるマウンドに番号が振られてます。

52号墳を天満宮参道から北東より見てます。台林寺の境内とに挟まれて削られ境界の土手状に残りますが葺石らしき川原石が大量に見られます。
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現状東西約12m、南北約6m、高さ約0.8mの規模が残ります。

同じ位置で北を向き、51号墳を南より見てます。こちらから見ると高さの有る墳丘が残る様に見えますが・・・
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北西より見てます。天満宮の境内とその北から台地上に上がる坂で南北を削られ52号墳とほぼ同大の規模が残ると考えるのが妥当でしょう。
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そこから西へ25m程進んだ天満宮本殿北側に在る50号墳を北西より見てます。東西約7m、南北約4m、高さ約30cm程しか残りませんが川原石が見られます。
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その西側台林寺墓地駐車場の手前には北に41号墳、南に49号墳の高まりが残っていたハズですが調査以降に削平されたみたいです。

駐車場南西隣の54号墳を南東より見てます。撮影位置に周溝状に散策路が設けられてかすかに円墳らしさが見て取れますが、現状直径約11m、高さ約0.5mの規模です。元はその散策路も含め墳丘だったと思われます。
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右奥31号墳の手前の川原石を多く含むマウンドは古墳ではなく、そのすぐ左で墓地入口になってしまった48号墳を削平した除土を積んだものの様です。

その南東に15m程離れて台林寺で削られてる台地縁の56号墳を北東より見てます。現状直径約12m、高さ約0.8mの規模で2番目に古墳らしさを残しますが葺石は無い様に見えます。
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48号墳址から墓地参拝路を南に進むと右手に55号墳が見えて来ます。
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南東より見てます。直径約16m、高さ約1.2mの規模でこのエリアでは最も残存状況が良いです。
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南西より見てます。葺石と思われる川原石が大量に見られます。
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現状は残っていない様ですが台林寺南側の思川沿いの微高地のも数基分布しているとされ、古屋敷古墳を分布域に含む場合も有ります。

小山市飯塚古墳群(前編)

琵琶塚古墳摩利支天塚古墳西側の台地上及び両墳丘周辺からは100基を超える古墳が在ったと推測され、飯塚古墳群と呼ばれてます。2基を囲んでた数基を含め約1/3の墳丘の位置は手持ちの資料では掴めませんが、残る墳丘はごく僅かです。

摩利支天塚古墳の西およそ150m、県道18号線に出る手前の左手に飯塚35号墳の墳丘が見えて来ます。

北より真横から見てます。左側に小さい前方部が付く様に見えますが西向きの前方後円墳で後円部だけが残ってます。よく見ると東の2基とよく似た形状ではないでしょうか?
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主体部の調査は行われてませんが周囲は発掘され、周溝内から円筒埴輪・盾持ち人物埴輪・土師器・須恵器片などが出土しました。これらから6世紀後半の築造と推定されてます。

東より見てます。現状直径約31m、高さ4.5mの規模が残ります。中段にテラス面が有り、埴輪列が確実視されてます。
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後世に墓地として使われて須恵器甕の骨臓器が見つかってます。

北西より見てます。右端の民家が前方部址に建ってます。左奥の木立は摩利支天塚古墳です。
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手前の空き地は34号墳址で、調査前は火の見櫓の土台に転用された小残丘でした。調査の結果幅3m前後の周溝が検出され、35号墳と隣接する同じ向きの前方後円墳の可能性が考えられてます。

墳丘東側に設置されてる解説板です。書かれてる石材は埋もれてるのか見当たりませんでした。
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35号墳の北西およそ250mの畑中に在る31号墳を南東より見てます。周辺には支群の一つが集中していて、前方後円墳7基、円墳5基、方形周溝墓1基、墳形不明3基が発掘されました。撮影位置との間は直径約19mの円墳の32号墳址で市道の下には無袖型横穴式石室の一部が残ってます。
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見えてるのは帆立貝形前方後円墳の後円部の中心部分のみで、手前の低木横と残丘から離れて二回りほど大きい径の周溝に100個体を越える埴輪や土師器が見つかってます。

東より見てます。墳丘左側に未盗掘の東西を向いた木棺直葬の主体部が見つかり、更に左側に小さい前方部の有る南南西向きの墳長29m、周溝も含めると約40mの全長の帆立貝形前方後円墳でした。
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高さはもっと高かったと推定されてますが詳細は不明です。主体部からは豊富な武具・馬具・工具が出土し、前方部からは人物埴輪・馬形埴輪・靫形埴輪が見つかって6世紀前半の築造と推定されてます。

続きます。

小山市摩利支天塚古墳

摩利支天塚古墳は琵琶塚古墳の南南西およそ200mに築かれており、同じく国指定史跡になってます。

東より見てます。出土した埴輪などから琵琶塚古墳に先立つ5世紀末の築造と推定されてます。画像左端で幅約9mの周堤が見つかってます。その外側に幅約8mの外堀が見つかった事から中堤と呼びます。
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こちらも主体部が未発見で、昨冬から始まった本格調査でもニュースにならなかったところを思うと後円部ではないのかも?

北西面を真横から見てます。西南西向きで墳長116.8m、高さ約11mの前方後円墳で、右が前方部で、左が後円墳です。
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基壇上では埴輪列が見つかってます。

南西より前方部の端を見てます。中央の階段付近の基壇が瓦塚古墳の様に突き出てる事から剣菱形古墳とも呼ばれます。
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前方部より後円部を見てます。後円部上には摩利支天社が鎮座してます。
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訪問時は二重櫓の様な社殿は逆光の上に雨戸も閉じて真っ黒に写ってたので割愛しますが摩利子天塚・琵琶塚古墳資料館で頂いた資料では彫刻の見事な本殿が掲載されてます。

後円部で180度振り返って前方部を見てます。後円部・前方部とも二段築盛と判明してます。
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前方部端の様に少し突き出た内堀に解説板が設置されてます。こちらは周溝を塗り分けされてません。
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こちらも後世の撹乱が多く、中堤と外堀は全容が掴めておらず、二重周溝を一部としてます。

大規模調査は5ヵ年計画で、その後墳丘の整備工事に入る(工事?)との事です。成果と、早くコロナ禍が収束して現地説明会が行われる事を期待します。
プロフィール

あんけん

Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

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