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東松山市野本古墳群(後編)

野本将軍塚古墳から南側の県道345号線を東におよそ1km進んで、ちょうど信号と信号の中間辺りの地蔵尊が在る横の道を斜めに左折し、250m程進んで坂を上がり切るぐらいの右手に5号墳が在ります。
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直径15mくらい?、高さ2mほど?の円墳ですが、公式には規模不詳となってます。

ちょっと北側より見てます。ここだけ厳重に鉄のフェンスで仕切られていて、通りすがりのご近所の方の話では学術的調査だろうが立ち入りが許可されないのでは?との事でした。
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ここの西北西およそ250mの畑中の木立は半壊の4号墳が残るとされてますが接近できず、遠目ではどこから見てもマウンドが残ってる様にも見えませんでした。

北へ進んで突き当りを東へおよそ200m進むと、道路で削られてる7号墳が右手に見えて来ます。直径約20.5m、高さ約1.8mの円墳です。
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削られてる道路側以外を見ても墳丘はかなり小さくなってるみたいで、径15mも無い様にしか見えません。

通り過ぎて北東側より見てます。右手奥のゴミの奥に径16.5mの6号墳が在りますが、訪問時は全然見えませんでした。
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7号墳の東に20mほど離れている8号墳を南より見てます。手前の藪も道路よりは高いのですが以前は建物が建ってたらしく、恐らく墳丘は植樹されてる奥側のみの現状長軸約14m、短軸約8m、高さ2m弱の角が無い長方形になってます。
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北東より見てます。墳丘上の樹木が取り払われて土が流れ易くなってるのか削られてる面もなだらかに続いてしまっていて、北側の民家も土留めしてるみたいです。
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東松山市野本古墳群(前編) 附野本館

野本古墳群は柏崎古墳群の西近くから、県道408号線手前の野本将軍塚古墳までのエリアに分布する古墳群で、前方後円墳1基、円墳7基から成ります。

野本1号墳とも呼ばれる野本将軍塚古墳を西より見てます。4世紀後半に築かれた現状墳長115m、高さ15mの南向きの前方後円墳で、中央の鳥居がくびれ部で、その右が前方部、左が後円部です。当時築かれた埼玉で最大の古墳で、市の史跡に指定されてます。
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前方部は先端が一部削平されて民家が建つなどしていて、全長はまだ調査されていませんが、県内で二子山古墳、真名板高山古墳に続く規模で、奈良県のメスリ山古墳と相似形の墳丘と想定されてます。

西側くびれ部に参道が続き鳥居が建ってます。造出しも周溝も有りません。
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2段築成の前方部より後円部を見てます。前方部には日露戦争戦没者の忠魂碑が建ち、周囲のレーダー探査が行われてますが、埋葬施設らしき反応は有りませんでした。
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以前は前方部上部が5m程削られてるとする説が有りましたが、墳形の調査の後は否定されてます。

少し進んでくびれ部より3段築成の後円部を見上げてます。後円部とは比高差約7m有ります。
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後円部で180度振り返って前方部を見下ろしてます。途中の平面は後円部中段の上面テラス面の一部が残ったモノと判ってます。
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再度振り返って直径約25mの後円部墳頂に鎮座する利仁神社です。藤原利仁鎮守府将軍を祀るために延長元年(923年)に創建されたと伝わります。
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ボーリング調査により中心のやや南、地下約1.2mで礫槨が見つかってるほか、レーダー探査で更にその下に主軸線の向きで長さ約8m、幅約3.5mで断面U字形の竪穴式埋葬施設と思われる反応が出ています。

後円部を北西より見てます。現在の墳端はオリジナルではなく、裾部が急斜面で下ってる高さが下段部分でそこからテラス面が張り出して前方部と繋がり、現在の周回路にかけて墳丘が拡がっていたものが長い年月で徐々に削られたと想定されてます。
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なので墳丘北端ももっと伸び、現状不明と言う事になります。

その裾部に解説板が設置されてます。
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そこから北を向いた正面の無量寿寺は中世の野本館の跡です。
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少し昔は境内背後が竹林になっていて空堀と土塁の一部が見えていたそうですが、竹が伐採され藪化し、殆ど見えなくなってしまってます。でも調査で往時には二重目の堀が追加で構えられてた事が判明してます。

参道から墳丘との間の道路へ出る手前に標柱が設置されてます。
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山門前に設置されてる野本館についての解説板です。
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野本氏は利仁将軍の警護をしていた片田基親の末裔とされてます。

上里町帯刀古墳群(その6)

福昌寺の本堂西側には円墳が2基在るとされ、北側の上里町105号墳は径7m、南側の106号墳は径7.5mとされますが、現状は明らかに規模の大きい円墳が1基と周辺の凸凹地形になっていて墓地造成前の地形は窺えず、遺跡分布図のポイントもズレてる様なので、人によって墳丘の想定も異なってます。ですのでこの先は現地で私個人の私見で判断して撮影してます。

上里町104号墳のすぐ北西で福昌寺境内でも北西隅近くに在って帯刀27号墳とも呼ばれる上里町105号墳を南東より見てます。手前の堀状の底が元の地面で墓地が嵩上げされてますが間を残した様に見えます。
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右奥の塀の反対側が用水路になっており、塀に続いて西に水路に沿って土が盛られていて南側も土を盛られてますが最大幅10m弱、高さ約1mのこの高まりが北側でやや小さい105号墳ではないかと思います。

そのすぐ南東側に在って帯刀28号墳とも呼ばれる上里町106号墳を北東より見てます。比較的大きい墳丘に見えますが、墓地が迫りこちら側は削られて変形しています。
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先の105号墳を墳丘と見做さない方はこちらを帯刀27号墳と想定されてますが、公式のサイズと規模が異なり過ぎていて、どちらが正しいか判断が分かれるのも致し方ない状況です。

南より見てます。どう見ても直径15m以上、高さ2m強の規模に見えるのですが、調査時は撮影位置の低い場所が無くて竹と木が生えてる段築状に見える場所とお寺側とが地続きだったのでしょうか・・・?
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撮影位置背後はやや高まって本堂と同じ高さの地整で南側道路まで続きます。上里町106号墳がここの南側に在ったなら現在は民家の建つ下付近になるのでしょうか・・・?

本堂と鐘楼の南側、参道の脇に在って帯刀29号墳とも呼ばれる上里町107号墳を南西より見てます。
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直径21m、高さ約3mの円墳です。

東より100号墳の上から見てます。築山の風情ですが、106号墳よりも規模が有り墳頂も削られてないので、群中最も残りの良い墳丘と言えると思います。
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墳頂は石碑を載せた一段高い塚状になってます。川原石が使われてますが詳細は不明です。
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分布域内の怪しい場所の他、画像の西や南にも古地図や古い航空写真で見られるマウンドも在って未知の埋没古墳も含めればもっともっと数が増えると思われ(推定50基以上)、破壊された墳丘からも壊れた横在穴式石室が見つかるなどしてますから個々の墳丘もずっと大きく、群の形成時期と推定されてる6世紀中葉~7世紀前半の時代には今から想像し難いほど立派な古墳がポコポコ在ったのではないでしょうか。

上里町帯刀古墳群(その5)

群の分布域南西部には室町時代の創建と伝わる曹洞宗福昌寺が建ち、境内には数基の円墳が残されてます。近年も建物新築で1基削平されてしまいましたが、情報が曖昧な墳丘も含め6基の円墳が見られます。
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境内南東の墓地の一角に在って帯刀22号墳とも呼ばれる上里町100号墳を北より見てます。
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訪問時には朝早くから新しいお墓(?)の工事が行われてました。

南西より見てます。直径約15m、高さ約2mのマウンドが目立ちますが、墓地に削られつつも南面に高まりが続いていて、直径23mの規模とされてます。
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墳頂の様子です。簡素ながら頑丈なお堂や石碑が建つ広い平坦面になってます。
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北北西に60m程離れていて、帯刀24号墳とも呼ばれる上里町102号墳を南東より見てます。
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現状は南北約15m、東西約10m、高さ約1mの規模です。

北東より見てます。墳丘の左奥の建物の場所にはつい数年前まで上里町101号墳が残っていて、グーグルマップのストリートビューでも石祠を祀られたその姿が見られますが削平されてます。
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もし墓地の分譲が進んだらここも削平されてしまうのでしょうか・・・?

福昌寺の本堂の裏手に在って、帯刀25号墳とも呼ばれる上里町103号墳を北東より見てます。
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元は径4.8mの塚状でした。古墳としてよりも木曾義仲の父で近衛天皇を警護する東宮帯刀先生(たちはきのせんじょう)と呼ばれた源義賢の墓として有名なマウンドです。

少し傾いてますが墳丘上には義賢を祀った五輪塔が建ってます。周囲を石のブロックと欄干で囲われてしまったので、墳丘にはあまり見えないかもしれません。
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すぐ横に標柱が立ち、義賢の墓についてや帯刀の地名の由来が書かれた解説板と清和源氏の系譜図が設置されてます。
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お寺が建つのは没後300年以上経ってからで、付近に古墳しかない時代にわざわざ小さい墳丘を転用したとは考え難く伝承の通り平安時代末期に築かれた塚の可能性が高く思われます。

南西より見てます。斜めに見ると塚状に見えますが、本当に古墳なのかそれとも伝承が正しいのでしょうか・・・?
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そのすぐ北隣に在って帯刀26号墳とも呼ばれる上里町104号墳を南より見てます。
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お堂から墳丘は微高地で続いており、南から見ると低くて目立たないマウンドですが、左手(西側)へは下がる地形になっていて・・・

西側側面から見ると1m程の比高差となっています。
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下段の石が苦悩を浮かべる顔っぽくも見えますが心霊写真ではありません・・・。

北西より見てます。径7.5mの円墳とされますが、現状は四角く削られた南北約15m、東西約10mで102号墳に近いサイズのマウンドで、墳丘上の岩は全て庭石を運ばれたものと思われます。
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記録上の公式数値よりも大きくなってる様に見えますが、前回の記事以外でもこの古墳群に関しては規模・出土物など個々のデータが混同されてるのでは?と思える点が多数見られます。

もう一回続きます。

上里町帯刀古墳群(その4)

上里町93号墳は地図によって帯刀古墳とも書かれ表示される事も有る群の中心的存在で、案内標識もすぐ近くに設置されてます。
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また群の解説板も墳丘を背に設置されてるのですが、西日で退色が激しいです。
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画質をいじって読み易くしてみると・・・
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古い航空写真や古地図にも見えない場所に古墳が沢山ポイントされてます。

新幹線を挟んで上里町93号墳の南南東およそ110mに在って、帯刀17号墳とも呼ばれる上里町95号墳を南より見てます。
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直径約7mの大きさで私有地内に残される円墳で、一度は敷地内の竹藪は刈られたのですが再度藪化して高さも窺えません・・・。

その南西およそ70mには菅原神社が鎮座します。
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ちょっとした基壇の上に社殿が建ち、その背後に墳丘が在ります。

境内社を幾つも持ち、創建も古いと考えられる事から説明板も設置されてます。
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その裏手に在って菅原神社古墳とも呼ばれる上里町96号墳を北西より見てます。
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直径14m、高さ約2mの円墳です。

よく在る神社古墳の様に墳丘の南側は社殿で削られてしまってます。
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断面には多くの石祠や石塔が並べられていて、周りの石も古墳由来のモノではなく社殿建て替え時などに重機で運ばれた様に思えます。
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南へ続く神社の参道、その鳥居のすぐ西側に在り帯刀19号墳とも呼ばれる上里町97号墳を南東より見てます。
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直径約10m、高さ2m弱の墳丘に新田家供養塔など多数の石碑が建てられてますが、お手入れされてないので現状群中もっとも藪が濃い状況です。

菅原神社の西およそ90mの私有地内に在って帯広20号墳とも呼ばれる上里町98号墳を北側の道路から見てます。直径7mとも消滅したともされてますが、直径約20m、高さ3m弱の規模の円墳が残ります。
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画像右手の竹藪に直径25m以上、高さ2.5m程とされる上里町99号墳が在るとされます。筍狩り(?)らしき場所から竹林内を見てみましたが墳丘らしき場所は見られませんでした。もしかしたらこの墳丘が(分布図の位置が西にズレてて)99号墳で、菅原神社との間にかつて小円墳の98号墳が在ったのかもしれません。ぺんの古墳探訪記さんは竹藪の北隣の福昌寺墓地内の高まりが墳丘であるとされてます。遺跡分布図のお寺周囲のポイント地点の多くが南にズレてる事から考えると、それも実は良い考えなのかもしれません。

続きます。
プロフィール

あんけん

Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

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