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北区飛鳥山古墳群 甲冑塚古墳

JR京浜東北線王子駅南の台地上は、日本最初の都市公園の一つである飛鳥山公園となってます。北西に伸びる台地の荒川を見下ろす線路沿いの端には飛鳥山古墳群が分布してます。

公園の南東側は新一万円札の肖像画に選ばれた渋沢栄一の邸宅跡で、公開されてる庭園の一角に飛鳥山1号墳が保存されてます。南西より見てます。
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旧渋沢庭園は夜間閉鎖されるので柵で囲われてますが、その北端に在るので墳丘は常時見られます。

東より見てます。山寄せ形式で築かれ直径約31m、(東側周溝から墳頂の)高さ約4mの円墳です。平成になってからの調査で周囲からは幅約3.8mの周溝が確認されてます。
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博物館近くの円墳っぽいマウンドは築山ですが、墳丘との間に4号墳の、児童エリアを挟んで北西の飛鳥山の碑周辺に2,3,6号墳の周溝が検出されてます。個々については古墳なうさんが詳しく書かれてます。

墳頂の様子です。埋め戻されてますが平成5年に発掘され切石積みの横穴式石室の底部が見つかり、玄室は胴張と言う和太鼓の様に膨らんだ平面形である事が判明し、太刀、鉄鏃、耳環、玉類などの多くの副葬品が出土してます。
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旧庭園内に解説板が設置されてます。
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1号墳の南東およそ110m、広場東側の旧庭園内の築山です。1号墳と同様に庭園時から築山とされてたマウンドで未調査ですが、同じく古墳ではないかと考えられるマウンドです。北より見てて、改変著しいものの円墳に東屋が載ってる様に見えます。
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ここの南、公園駐車場の傍から古墳の周溝の可能性の有る溝が発見されて、一応5号墳とされています。

東より見てます。こちらから見ると左手に前方部の続く前方後円墳にも見えてしまいますが、これはマウンドの東西で高さが変わってる為です。
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手前は茶席門の跡で、マウンドを左に見つつ右手に進むと茶席待合、無心庵などが建ってましたが空襲で焼失してます。

公園の南東およそ650m、JR京浜東北線上中里駅南西の台地端で平塚神社社殿の裏に在る甲冑塚古墳は直径約40m、高さ約3.5mの円墳です。墳丘は常時施錠され近付く事は出来ません。
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すぐ右側のフェンスの所で真っ直ぐ削られています。学芸員さんは古墳ではないとお考えだそうで、実際この場所は平塚城跡でもあり、土塁が神社建立で改変されてる可能性も有ります。
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平安時代後期、後三年の役の際に領主の豊島太郎近義が源義家から下賜された鎧を埋めて城の鎮守にした塚だと伝わります。

穴が開いてるとの話もありますし、埴輪片が付近で見つかってもいますが・・・?

世田谷区砧中学校古墳群

東名高速東京インターチェンジの西北西およそ2.2km、小・中・高と学校の集まる台地上は嘉留多遺跡・砧中学校遺跡・下神明遺跡となっており、砧中学校古墳群は前二者に跨って分布していた前方後方墳1基、円墳7基から成る古墳群です。学校建設などによって現在は円墳1基・残丘1基を残すのみとなっています。

現地のものは退色し始めていますので、中学校のHPでも紹介されてる分布図から。
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受付で入校許可を頂き墳丘への行き方を聞き、向かうと手前に立ってる古い解説板です。
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先の中学校のHPでは文字が写ってますが、現在はほぼ完全に掠れてしまった上に凸凹になってます。古墳マップさんに健在な頃の画像が紹介されてます。

すぐ墳丘寄りに設置された新しい方の解説板です。と言っても15年経って退色が見られます・・・。
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すぐ南東側に4号墳が在ります。
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すぐ左奥、科学技術学園高校敷地内に解説板では触れただけの5号墳が在って、かつては2基併せて前方後円墳とも考えられてました。

南より見てます。直径約40m、高さ約3mの円墳で、その周囲に幅約4.5mの周溝が検出されてます。
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墳頂の三角点です。表土下25cmで見つかったL3m×W2m×H0.5mの粘土槨を壊して設置されてますが、事前調査で直刀片、土師器片、須恵器片が出土しました。
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4号墳から校庭を挟んで北におよそ70m離れてる3号墳の一部です。樹齢約200年の松が一本松の名で親しまれ、地境の目印として残されましたが、木の根が露出するほどになり、マウンドと松の双方を護るためにコンクリートで保護されました。
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西より見てます。現状は壁で切られた直径10m弱の小マウンドですが、元々は北側の道路を越えてサッカー場の方にまで墳丘が続いていました。
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この西およそ50mには首塚とも呼ばれた2号墳が残されてましたが、校舎建て替えの折に削平され、何も出土しなかったそうです。


文京区白山神社古墳

都営地下鉄三田線白山駅の北西およそ100m、白山神社境内に保存されてる円墳です。墳丘は柵で囲われ、毎年梅雨時のあじさい祭り期間の約一週間のみ公開されます。今年は6月8日(土曜日)~16日(日曜日)で、時間が短縮されて10時から16時の公開となってます。ちなみに画像は年に一度ずつ訪れた中で気に入ったものを集めてるので、天候も年も提灯の並びもバラバラです・・・。

南西より見てます。建物が近くて墳形を見られる角度が限られます。
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直径29m、高さ約4mの円墳で、富士塚に転用されたと考えられてますが、未調査の為詳細不明です。

あじさい祭りの案内図です。図の右下の浅間神社が墳丘です。墳丘以外も混雑時は矢印の向きで順路が設定されます。
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社務所裏側の墳丘登り口です。タイミングによっては待機列ができます。
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鳥居正面より。右手に書かれてますが、境内東端に在るのですぐ脇まで民家が建ち、プライバシー保護のため期間中以外非公開になってます。
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参道の石段です。期間限定で紫陽花を鑑賞できるように改変されたので富士塚らしさも損なわれてます。
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墳頂の平坦面です。昔は東側が開けてたのでしょうが、現在は眺望はありません。
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北寄りに鎮座する浅間神社です。前後に人がいて、何気に二年ほど撮影に失敗しました( ノД`)。
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墳丘には何種類もの紫陽花が植えられています。
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北西より見てます。北側は一方通行の出口になってます。実は桜や梅も植えられています。
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もちろん神社境内も紫陽花がいっぱいで、これは狛犬の足元で様々な種類を集められて撮影スポットになってる紫陽花です。
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北区十条冨士塚

JR東十条駅の西を通る都道460号線は狭いながらも交通量が多く拡幅工事が進められてます。そんな都道沿いのちょうど駅の真西に当たる交差点に地元の信仰も厚い冨士塚が在ります。工事区画に被る為、数年前から一部削平工事が始まるとされてましたが、ここを中心にした十条冨士神社大祭が大盛況で、用地買収が済んで無い事もあってまだ未施工が続いてました。

参道正面である東より。古墳と思われる塚に溶岩を配した富士塚と推定され、現状は直径約17m、高さ約5mを測ります。
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撮影位置背後は道路沿いに校舎の建つ小学校で、拡幅はできません。

北東より全景。塚以南の買収が済み、昨年とうとう正式に形状変更の許可が下り、「祝」の文字の辺りまで削平されるようです。
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地元の男性に伺った話では背後の消防団の建物を壊してそこに土を盛る予定と聞いてるそうです。そこまでの改変工事が為されるなら基部が本当に古墳なのかも調査されるかもしれません。

削平予定ギリギリの位置(?)より塚頂の様子です。「お冨士さん」と呼ばれる十条冨士神社も移設になるのでしょうか・・・?
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解説板です。工事が始まればこれも移動しなければなりません。
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十条冨士 山開きで検索すると他の富士塚とは桁違いの賑わいが今でも続いているのが分かります。

カテゴリーに現地説明会を分けました。ただ安中市の簗瀬二子塚古墳のみは鉄扉以外通常と変わらないので移動してません。

港区芝丸山古墳

港区芝公園内、東照宮とザ・プリンス・パークタワー東京の間にこんもりとした小山の上に100m級の前方後円墳である丸山古墳が在ります。
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南東より見てて、左が前方部で、右が後円部になります。

麓からは木々で墳形は見えず、狭い基壇まで登っても形が良く見える様に撮れないので、前方部に近づいてくびれ越しに後円部を見てます。
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全長約106m、高さ約8mの南南西向きの前方後円墳で、元の高さは不明です。

くびれ部に史跡碑と
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区教育委員会による解説板が設置されてます。周りからは埴輪片や須恵器片が出土してます。
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くびれ部にはかつては後円部墳頂に在ったという円山随身稲荷大明神が鎮座してます。
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増上寺によって大明神の説明板も設置されてます。
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史跡碑横から前方部の上に登ると伏虎の像が在ります。下に文字が全然読めない初代自民党副総裁の句碑は何の縁かと思いきや増上寺の事を詠んだ句だそうです。
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前方部より後円部を見てます。後円部墳頂は古くに削られてしまって高低差があまり無くなってしまってます。
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後円部へ進んで180度振り返って前方部を見てます。
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後円部墳頂の様子です。中央の残念石みたいなのは古墳碑で、上部に「瓢形大古墳」と刻まれてます。
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後円部削平のため調査でも主体部や副葬品の類は見つかりませんでした。

後円部北の端には伊能忠敬測地遺功表が再建されてます。初代は明治に測量の起点となった高輪の大木戸から何故かこの墳丘上に変更して建てられ、大戦末期の金属回収で撤去されてました。
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Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

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