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八潮市八條殿社古墳

外環道が中川を越えるすぐ北に、八潮市内で唯一の古墳とされ市の史跡になってる八條殿社古墳が在ります。同地は阿川氏屋敷跡でもあり、南およそ500mには和井田陣屋も在りました。

下妻街道より墳丘の在る竹林が西側に見えます。手前に堀の名残りとも言われる水路が通っていてこちらからは近付けません。
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南東より。墳丘周辺は猛烈な竹林になっています。解説板も一部隠れてます。
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解説板です。左側の「八條様」神像はカラーでも公開されてます。
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震災前に訪れた方々の画像では解説板左横に石灯篭が2基建っててかつて墳頂に鎮座してた神社の参道らしき様相を呈してましたが、現在は倒れてしまってます。基礎が2基並んでますが、健在時は間に参道分開いてたそうです。
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手前の畑で作業されてた女性が周辺の草を刈って下さいました。震災後もしばらくは倒れてなかったそうです。

奉納御寶前と彫られた竿と裏返った中台はすぐ内側に放置されてます。
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墳丘は度重なる掘削等で、低い荒らされたマウンド状に残るだけとなってます。これは南東面を見てます。
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マウンドの周りは気持ち窪んでて周溝跡にも見えます。周溝ならば直径15m程度の円墳でしょうか・・・。

北東より墳丘中心部を見てます。中世に武士居館が建ち、その跡に神社が建てられ原型を保ちませんが、八條殿社建立時にこの辺りで石槨が出土したと伝わります。
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旧八條神社の御神体だった1284年の板碑は、明治末期に合祀された八条八幡神社(およそ300m北)に保管されており、解説板も設置されてます。
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合祀の際に遺物も所在不明になってしまったままになってます。

解説板周囲にも板碑が並んでましたが市内最古とされる御神体の板碑は木箱に入れられ保管されてるので在りません。
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かすみがうら市牛渡銚子塚古墳群 内台古墳

かすみがうら市霞ヶ浦庁舎のほぼ真南およそ2.6km、県道141号線を南下して旧牛渡小学校跡から東へ700mちょっと進んだ場所に銚子塚古墳群が分布してます。また、近くの人の手の入ってない自然林の中には幾つかの小古墳群が在りますが、開墾された場所の墳丘はほとんど削平されたようです。

一般的には牛渡銚子塚古墳と呼ばれる1号墳を西より見てます。
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北西より。全長約64m、高さ約5.6mの西南西向きの前方後円墳です。
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北よりほぼ真横のアングルで。前方部が後円部に比べ低い古式の墳形で5世紀の築造と推定されてます。
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野生の動物も一番低いくびれ部を通っているようです(゚∀゚)。

後円部裾部の上に設置されてる解説板です。この1基のみ市指定文化財になってます。
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この横の道は地図だと南へ抜けられる様になってますが、この時は大きい木を2本並べて自転車と歩行者しか通れない様になってました。

後円部墳頂の五輪塔です。梵字は読めませんが上から「空・風・火・水・地」と書かれてるハズです。
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後円部より前方部を見下ろしてます。
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前方部で180度振り返って後円部を見上げてます。
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常陸国府へ来た勅使が亡くなって埋葬されたと伝わるので勅使塚古墳とも書かれます。

後円部の西側近くに同じ向きの帆立貝型前方後円墳が見えます。銚子塚東古墳とも呼ばれる2号墳です。
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こちらは五輪塔が前方部に建てられてます。

北側の建物跡(?)より見ていて左が後円部で、右が前方部になります。後円部先端が削れてます。
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全長約25m、高さは約3mの規模です。1号墳に続いて築かれたものと思われます。

前方部より後円部を見てます。主軸線に対して後円部墳頂が斜めになってます。
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後円部は大きく削られてクレーター状になってます。
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180度振り返って短い前方部を見下ろしてます。
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2号墳の東、およそ350mに在る内台古墳を北より見てます。
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直径約6m、高さ約1.5nの円墳と思われる墳形で、南面のみ参道なのか草木が刈られていますが、墳頂の石祠は崩壊してます。
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どれも砕けて2cm四方以下の小さい破片ですが、周囲には大量の土器片が散らばってます。
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この撮影範囲でも10個の破片が写っていますが、中には線刻模様の見える破片も落ちてます。

千葉市大塚古墳

千葉市内を走るタウンライナーのみつわ台駅前に大塚古墳が保存されてます。

駅の南側テラスから墳丘が見下ろせます。
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西より見てます。直径約20m、高さ約3.5mの円墳状です。裾部のフェンスも丸く囲んでます。
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墳丘は未調査ですが方形のマウンドとされてます。四方から見ても方墳の場合の向きは判りません。
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西面は樹木の根が張り巡らされてるのですが、北西側の裾部に奥まで見通せない穴が開いてます。
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まさかこんな街中で野生の動物が棲みついてもいないと思いますが・・・。

解説板です。ここでは古墳の可能性を謳ってますが、県の方では中近世の塚としています。
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現在周囲は団地が造成されて旧状を偲ぶべくも無いですが、開発前は台地の中央寄りに単独で在ったのが古墳らしくはない所ではあります。すぐ南には9基以上

伊勢原市登尾山古墳 上原田古墳群

伊勢原市南西部、長福寺背後の塔の山から南東に延びる尾根の上で昭和35年、農道工事中に石室が発見され豊富な遺物が出土した事で有名な登尾山古墳が在ります。

急遽発掘され中から装飾大刀、金銅装の馬具一式、蓋付銅鋺、銅製の五獣形鏡に須恵器、土師器などが出土し、周辺からは円筒埴輪や家形埴輪も出ました。現在遺物は所有者の比々多神社横に建てられてる三ノ宮郷土博物館に展示されてます(撮影禁止)。遺物の一部は伊勢原市比々多神社のHPで見られます。

福昌院裏の南北に抜ける道から農道に入って登って行くと農道が途中で急に軽自動車でも通れないほどに細くなります。この上に横穴式石室が在ります。
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高さを感じられますが右側は農地の為に削られてるのでこれが墳丘とは言えません。

上がると左手に石碑が建っていて、その横に奥壁を手前にして石室が見えます。
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羨道より見てます。南東向きの半地下式の両袖式横穴式石室ですが、石は動いてますし堆積した落ち葉や土もそのままで、玄室以外は見え辛いです。奥の方は案内して頂いた地元農家の方です。
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実測図を頼れば、左側手前の木から二本目までが前室で、その奥が玄室です。

前室より奥壁を見てます。玄室の半分程度は農道にする予定でした。その分細くなった道を永年人や動物往来してたので奥壁の石が動いてしまったのか、発見時の実測図と並びが違ってる様です。
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左壁側より見てます。右壁側は木が並んで生えてて、このままだと根っこで更に破壊されそうです。
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右壁側より。石碑の手前が玄門になりますが、石碑の土台に石材が抜かれて流用されてる様に見えます。
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遺物などから6世紀後半~7世紀の築造の直径約20mの円墳と推定されてますが、墳形は確定してはいません。

登尾山古墳の北北西およそ300m、同じ塔の山東側中腹には上原田古墳群が分布してます。東より見てます。
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北より同じ墳丘の頂部です。詳細な情報が無く、規模も基数も詳細不明でしたが、明瞭に墳丘と判る場所は1基のみでした。
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北側登山道のカーブの近くに在る低い高まりです。川原石が露出してますが古墳かどうかは不明です。
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傍らには陸軍西野松三郎上等兵が勲八等功七級を授与した事を称える記念碑が建ってます。
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勲等・功級では最も低い位の賞みたいですが、受け取れた年金の額が地域では破格で誉高かったのでしょうか・・・。

柏市きつね山古墳

つくばエクスプレス柏たなか駅の南東およそ1.5km、南東へ伸びる舌状台地の先端に単独で築かれてる古墳が在ります。

北西より見てます。冬場でも笹藪で覆われて墳丘自体が見えません。民家越しなのでアップしませんが東側斜面の下からは土が落ちてるのか良く見えました。
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西より。墳丘手前は南北の道路を繋ぐ未舗装通路らしいのですが、夏場は手前も下草が伸びてここまで寄るのも躊躇われるほどです。
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でも柏市北部には冬場でも深い藪で全く近寄れない古墳群も在るので、この時期だけでも見られるだけマシなのかもしれません。

参道入口より。直径約18m、高さ2.2mの円墳ですが東西を削られてるようで南北にやや細長くなってます。。
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発掘はされておらず、周溝も確認出来て無いようで、県の分布調査では全長20mの半壊してる前方後円墳(?)とも記されてます。

墳頂の正一位出世稲荷大明神の祠です。参道と祠付近しか墳丘の表面が見えないので遺物らしきものも見られませんでした。
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市では6世紀後半の築造と推定してるみたいですが、その根拠は解りませんでした。

八千代市佐山台(1号)古墳

国道16号線島田台交差点から県道61号線を東へ向かいおよそ720m、北側の鉄塔の裏側に南谷古墳と同様に消滅した事にされてる古墳が在ります。墳丘へは県道から直接アクセスできないので東から廻ります。

千葉県的には消滅し山林になってるという扱いのままみたいですが、測量もされ公園として整備され保存されてます。
そもそも消滅扱いとなった理由として考えられるのは
・分布調査時は当古墳はとして認識され隣の真木野古墳のみが古墳と考えられてた
・発掘調査の結果真木野古墳は縄文土器しか出土せず古墳と認められなかった(の可能性)
・位置的に当古墳が真木野寄りで、真木野古墳が佐山寄りに在る
・その後八千代で発行された資料には真木野古墳が残って佐山台削平と誤記
・2002年に東方近くで埋物古墳が発見され石棺が出土し、真木野古墳の名が付いてるため混同されている。
という流れによるものと思われます。

鉄塔の横の公園入口から上がって東より見てます。右手前が後円部で、前方部は左奥です。全長約28m、高さ約1.3mの南西向きの帆立貝型前方後円墳です。
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前方部の端である南西より見てます。この主軸線の先およそ250m辺りにはかつて田原窪古墳群が分布してました。
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墳丘周囲にはベンチや散策路が設けられてますが、周溝跡と思われる窪みが一周してます。

北西より真横から見ています。右が前方部、左が後円部になりますが墳丘が低くて見えにくいです。
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奥の鉄塔の建て替えで真木野古墳が調査されました。平成2年に調査され石棺や土師器の出た真木野古墳は画像左手外の住宅地だそうです。

前方部より後円部を見てます。未調査ですがこの高さだとどこかに竪穴式の主体部が有るのではないでしょうか?
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後円部で180度振り返って、半分の高さで更に目立たない前方部を見てます。
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高崎市若宮古墳群

若宮古墳群は井野川が烏川に合流する、その左岸に分布する古墳群です。1~13号の墳丘と、A~Z号の石槨が確認されてますが残ってて見学できるのは一部のみです。

県道13号線岩鼻交差点から東へ入って井野川を渡るとすぐ、右手に見えるのが若宮八幡北古墳です。後円部と造り出しが耕作によって大きく削られた南南東向きの帆立貝型前方後円墳で、復元規模は全長46.3m、高さ2.6mで、周囲に基壇を持ちその外側の周溝を含めた全長は70mを超えます。
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東から見てますが、中央が後円部で、枝を支える鉄パイプから手前が小さな造り出しで、木の向こうが前方部です。

削られた断面はコンクリで補強されてしまってますが、そのため低くなってても断面形が遠くからでも一目で分かります。中から朱塗りの舟形石棺が出たと伝わりますが所在不明になってます。
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周囲の川原石は葺石だったものが残されてるのでしょうか・・・。

後円部より前方部を見てます。後円部には二重の埴輪列が有りました。
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円筒埴輪や形象埴輪から6世紀前半の築造と推定されてます。

若宮八幡北古墳の南南東およそ80mに建つ若宮八幡宮です。この背後に八幡原町若宮2152所在古墳が在り、社殿の左右に裾部が見えてます。
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西より見てます。直径約20m、高さ約2.5mの円墳です。他に2149所在、若宮神社古墳と2基の円墳の所在が資料にはありますが見つけられませんでした。
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この向きだと良く見る神社が上に載った古墳に見えますが・・・

北から見るとこの通り。社殿で大きく墳丘が抉られてます。
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2152所在古墳の南東およそ130mに在る鈴塚古墳を北東より見てます。直径約20m、高さ約3mの円墳で両袖型の横穴式石室が確認されてます。
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鈴塚古墳の東南東およそ160mに在る八幡原町2040所在古墳を南東より見てます。直径24mの円墳です。
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墳丘上は墓地になり2m程の高さを残しますが、東側と南側はこの様に道路で真っ直ぐに削られてます。

北より見ると右手西側は弧を描くラインが残ってるのが見えます。
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2040所在古墳から南へおよそ80m、食品加工機械メーカーの入口手前に若宮15号墳の石槨が2基保存されてます。
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直径10.3mの円墳で円筒埴輪や形象埴輪が出て5世紀後半の築造と推定されてますが、他の古墳を築くために墳丘を破壊されてたようです。

下草が伸びてる時期でA号の一部しか見えませんでしたが、土砂が貯まっててB号は冬でもあまり見えないようです。
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両石槨より鉄剣が出たほか、大刀と刀子も見つかってます。

横に設置されてる解説板(見学位置が図の上側なので180度逆さの図だと良かったのですが・・・)と見比べてようやくどこを見てるか認識できる程度でした。
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石岡市舟塚山古墳群(その4)

大日如来古墳もしくは大日塚古墳とも、手子后古墳とも呼ばれる21号墳は20号墳の北北西およそ290mの集落内に在ります。ここから以西の4墳丘は中津川支群として分けられてます。

素鵞神社が鎮座する前方部の南から斜めに見てます。木々の間にチラッと見える黄色い電柱支線ガードが後円部になります。
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現状は全長約74m、高さ約4mの東向きの前方後円墳です。市史では逆向きの図で推定されてますが・・・?

前方部より後円部を見てます。くびれ部は削られて墳丘を分断しており、手子后神社が建ってます。
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南北を大きく削られ改変された後円部の頂部は丸い塚状に整備され石祠が祀られています。
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改変が著しいですが遺物等詳細は不明です。

21号墳の北西およそ100mに在り、古舘古墳とも呼ばれる22号墳を南西より見てます。
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直径12.5m、高さ約2mの未調査の円墳です。

そのすぐ北の民家のお庭に保存されてる23号墳を南西より見てます。直径14.5m、高さ約2mの半壊の円墳です。
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22号墳からおよそ130m北北西に在る24号墳を南西より見てます。現状直径4.1mの高まりの上に半壊の石棺が露出しています。
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石棺南側より。周囲は地主の方に管理されてて22号墳横の農道を突き当りまで進むと左手に見えます。
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25号~36号墳は市立高浜小学校の建設工事で発見された古墳の主体部で、現在は1基が校内に保存されてるのみです。

25号墳は1980年の校舎建て替え時に発見され、箱式石棺から人骨三体分と金環が出土しました。
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伺った職員さんが御存知無かったのですが、昭和55年発掘の25号墳の石棺で間違いないと思います。

内側です。所々赤くなってる様にも見えますが・・・?
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26~31号墳は1900年小学校移転の際に発見された6基の箱式石棺で、刀剣、鉄鏃、勾玉、人骨が出土してます。
32~36号墳は1933年校舎建て替えの際に(?)発見された5基の石棺で詳細は不明です。

37号墳は19号墳の在る竹林の奥に在る直径8m、高さ約1.5mの未調査の円墳です。
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対馬塚古墳とも呼ばれる38号墳は5号墳の北西隣に並んでましたが規模・墳形とも確認される事無く湮滅してます。
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西ノ台支群に戻ってこの後の3ヶ所は、「第4回石岡市文化財調査報告会」を拝聴しに行って初めて知ったもので小冊子内の分布図を頼りに3号墳の東側を探しましたが、こればかりは御存知の方にお会い出来てないので自信もありません。

39号墳は3号墳前の広場跡の北東隅に在る直径10m程度の円墳か?とされる墳丘ですが削平されてる模様です。

以前は群全域の小さい分布図からこれが39号墳と思ってましたが、3基とも台地下から上がって来る小径の西側で39号墳はもう無いとの事ならばこれが40号墳だと思われます。
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直径5.2mの円墳です。

41号墳は40号墳の南に隣接する直径3.2mの円墳です。冬場にこの近さでも見え辛いですが墳頂に石仏が祀られてます。
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最後に、お名前すら伺ってませんがいろいろお世話になった地元の方々に、あらためて感謝の意を申し上げます。

石岡市舟塚山古墳群(その3)

舟塚山古墳は群中最大の墳丘であり、14号墳と共に群で最初期に築かれました。位置や向きから愛宕山古墳に対して入船とも呼ばれますが、主軸方向は霞ヶ浦を向いておらず、墳丘下の干拓地もかつては湖岸だったはずで、他の霞ヶ浦周辺の大型前方後円墳同様に湖上から側面を良く見せ、映えるように築いたのではないでしょうか?

北西より見てます。3段築成で全長186m、高さ11mを測り、35~55m幅の周溝を含むと全長は約250mに達します。県内最大、東日本でも2番目の大きさを誇ります。
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北北東より真横から見てます。墳丘が大き過ぎて200m離れた農道からでやっと全体が写せました・・・。
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寝そべってる様に長い前方部の特徴が良く解るアングルです。

周溝の跡は良く残っており、後円部東から前方部北西までは外縁が舗装路になってます。
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周溝の調査で円筒埴輪が出ており、5世紀前半の築造と推定されてます。主体部は見つかってません。

墳丘東側に設置されてて、近年更新された解説板です。黒い盤面は午前中の撮影がおススメでしょうか・・・。
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解説板横の鹿島神社です。
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後円部より前方部を見てます。木々に覆われない墳丘は整備によるものではなく、松くい虫によって墳丘上の松が全滅したからだそうです。
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現在は松くい虫が喰い荒らすという考えは否定され、マツ材線虫病と言い外来の小さい線虫がカミキリ虫に運ばれて侵入して増殖し松の水分補給を遮って枯らすのだそうです。

前方部で180度振り返って後円部を見てます。神社周辺だけ松の木でなかったため木立が残りました。
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前方部上部が斜めに崩れかけてますが、墓地等に利用されてる南面に比べ北面は良好な姿を留めてます。
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舟塚山古墳西側周溝のすぐ外に在る17号墳を南西より見てます。直径23.8m、高さ約2mの円墳です。
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発掘調査されており、壺形土器、短甲、盾、直刀などの副葬品が出土してます。舟塚山古墳よりやや後の時期の築造と推定されてます。

17号墳の南西に隣接する18号墳を北西より見てます。ここと次の19号墳は近くの農家の方に教えて頂かなければ墳丘とは判らないレベルでした。
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直径9mの円墳ですが高さも50cm程しか残っておらず、現状は廃土や切った枝や草を盛ったようにしか見えません・・・。

19号墳は17号墳の西およそ80mの竹林内に在る直径17.8m、高さ1.5mの円墳ですが低い高まりしか残ってません。しかも斜面側の土が流れたのか、それとも竹林内で区画の為に土を盛ったのか、高まりがL字状になってます。
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たまたま古墳にも関心の有る方とお話しできて、案内して頂けましたが、自力では絶対見つけられませんでした。

20号墳は舟塚山古墳の北西およそ170mに在る直径9.5m、高さ約1.5mの未調査の円墳です。東より見てます。
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もう一回続きます。

石岡市舟塚山古墳群(その2)

常磐線の西側へ移動します。勿論昔は隔てられる事無く地続きだったので、もしかしたら途中にも未知の古墳が在るかもしれません。

府中愛宕山古墳と一般に呼ばれる6号墳を北より見てて、右が後円部、左奥が前方部になります。
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全長96.6m、高さ8.5mの南東向きの前方後円墳で群中二番目に大きい墳丘です。県指定史跡になってます。

後円部周囲には幅広い周溝の跡が良く残っています。この辺は幅16mですが、前方部は幅約24mの周溝が確認されてます。
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後円部南西側に設置されてる解説板です。墳丘は誉田山古墳と相似していると言われてます。
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後円部より前方部を見てます。霞ヶ浦との位置と向きから出舟とも呼ばれます。南西側が民家で少し削られています。
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前方部で180度振り返って後円部を見てます。後円部右側が凹んでますが、明治に坪井正五郎博士が発掘調査を行ったものの土師器壺7点の出土のみで主体部の発見には至ってません。
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市内総社1丁目の石岡市立ふるさと歴史館に展示されてる発見された遺物です。
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群中北端で天王塚古墳とも呼ばれる7号墳を西より見ています。かつては大型の前方後円墳が在ったと伝わりましたが、調査の結果一辺19m、高さ1mの7世紀になってから築かれた方墳と判明しました。北東およそ850mの茨城古墳と同時期の築造と推定され、関係も気になります。
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畑の段差状に残りますが、現在工事中の千代田石岡バイパスが通ると、1基だけ西側に分かれる事になります。

県道118号線平足塚バス停近くに残る8号墳の残骸です。バス停の名称にもなってて愛宕山規模の前方後円墳が在ったと伝わるのに周囲にお住まいの方々も農家の方々も御存知無く、これも諦めかけたら幼少期に上ったこともあるという御高齢の女性がいらしてお話し聴かせて下さいました。
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女性によると形は覚えていないものの段々削られ小さくなり、最後に余った土や、墳頂に建ってた石塔の一部をかき集めて残したそうです。ゴミも置かれてますが、由来が分からなければ廃材置き場と間違われても仕方ありません。

ここから出た遺物やここからと伝わる円筒埴輪片もふるさと歴史館で保存されてます。
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9号墳跡地を北西より見てます。農作業中に石棺が見つかり発掘調査され、一辺10mの方墳で周囲に幅1.5m、深さ60cmの周溝が有る事が確認されました。
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副葬品は出ませんでしたが人骨が2体分見つかってます。

見つかった石棺はふるさと歴史館の前に保存されてます。
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後側より。
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内側です。
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解説板も横に設置されてます。更新前は墳丘規模は周溝込みで書かれてました。
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更新されて見易くなりました。
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10号墳跡を東より見てます。昭和50年代に調査され北西に周溝の一部が見られたのみの墳形不明墳で、直刀が見つかった場所で箱式石棺が見つかってます。
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箱式石棺から玉類、金環、馬具などの副葬品と人骨が出土してます。

すぐ南の11号墳跡を北東より見てます。全長20m程の西向きの前方後円墳と伝わり、台地縁の擁壁も膨らんでいるので藪の中に低いマウンドが残ってるものと思いましたが、調査される事も無く湮滅してるようです。
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11号墳の西に在った12号墳跡を北東より見てます。10号墳と共に発掘され直径19mの円墳と確認されました。
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箱式石棺には床に礫を敷かれており、人骨二体分のほか玉類が出土してます。

9号墳の石棺の傍にはどこのものか不明な石棺材と思われる板石が積まれてます。似たような時期に持ち込まれたそうで、10号墳か12号墳のものの可能性は高いのではないでしょうか?
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舟塚山古墳の東およそ90mに在る13号墳を北東より見てます。埴輪が見つかってる直径約10m、高さ約2.5mの円墳です。
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その南南西およそ50mに在る14号墳を西より見てます。測量されてる直径11.5m高さ3mの円墳で、埴輪や土師器、石造模造品が見つかってます。舟塚山古墳と共に群中最も早く築かれたと推定されてます。
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石棺が露出してるとの事ですが近付けませんので見る事が出来ません。

14号墳の南南西約30m、11・12号墳跡と並ぶ台地縁に在る15号墳を北より見てます。直径20m、高さ約1.5mの円墳で土師器が見つかってます。
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続きます。次は漸く舟塚山古墳です。

追記:4号墳に近影画像を追加しました。
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Author:あんけん
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