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千葉市ワリ山古墳群

内野古墳群1号墳の北東およそ750mの県立泉高校前交差点周囲には古墳4基、塚40基から成るワリ山古墳群が分布してます。ちば情報マップでは7カ所ポイントされてますが、どれを古墳とし、どれを塚としたのかを記した資料も見当たらず、詳細は不明です。交差点南東の三角地帯に大小のマウンドが見られる他は、削平されて道路や施設になってしまったみたいで見つかりませんでした。

三角地帯も先端は資材置き場になって塀で囲われてますが、その南東側の雑木林には散策路が設けられてます。これはその東側入り口からすぐの1基です。
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直径約6m、高さ約1.5mの規模で正直塚ではないかと思うのですが、周囲に点在する塚が目に見えて小さいので一応上げておきます。
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厳重にロープが張られてるので落ち葉をどけて遺物を探したりは出来ません。

1枚目の左奥にも映ってた雑木林中央の1基です。こちらの方が一回り大きいもののその姿はやはり古墳というよりも塚でしょうか・・・?
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周囲には径1m未満、高さも50cm程度の塚が点在し、ちょっとガッカリしましたがこのマウンドの奥を良く見ると・・・
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直径約10m、高さ約2mの円墳と思われます。すぐ後ろに塀が建ち、散策路から離れてるので良くは見えません。
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西側の道路からも見えてはいるのですが、人の手が入ってないので目立ちません。

もう1基(?)は見つかりませんでしたが高校の向かいの林とかもしかしたら別の場所に在るのかもしれません。


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八千代町赤城山古墳 浅間神社古墳

八千代町北部、県道233号線はグリーンラインと呼ばれ坂東市から筑西へ抜けられますが、鬼怒川と飯沼川の沖積地に挟まれた洪積台地上には単独で築かれた墳丘が幾つか点在していました。国道125号線から北に折れておよそ1.7km進むと左手に赤城山古墳が見えてきます。

グリーンラインの路肩で赤城山古墳を南南東より見てます。直径約20m、高さ約5mの円墳と推定されてます。
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調査はされてませんので詳細は不明です。

もう少し東より見てます。現状は直径約17m、高さは3m程になってます。
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石棺の見つかった太田古墳の調査報告書では半分ほど削平と記されてますが、上半分を削られたと言う事なのでしょうか・・・?

グリーンラインから離れて西より見てます。左手(北側)は倉庫と畑で若干削られてはいるように見えますが、それでも南北で15m以上は残しているように見えます。
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近隣では北西およそ650mに香取塚古墳、南東およそ550mに山之神古墳がほぼ一直線上に並んで在りましたが湮滅してます。

グリーンラインを北東へおよそ2.3kmの交差点北側に在る浅間神社古墳を東より見てます。直径約20m、高さ約5mの円墳とされてましたが、いばらきデジタルまっぷでは近世の富士塚になってます。
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どうやら墳丘上は社殿の建つ神社ではない様ですが、とは言え南から見ると立派な鳥居がここまで埋もれる程放置されてるみたいです・・・。
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南洋植物も散見され、農地に囲まれた独立したマウンドでここまで藪化してるのも珍しいのではないでしょうか・・・。

ワンフェス2019[夏]

日曜日は幕張メッセへワンフェスを観に行って参りました。あっ、ちなみにお姉ちゃんのお人形とか全然興味無いので出て来ません。

深夜の不思議な地震、朝方の豪雨もありましたが、入場列が無くなる頃合いを見計らって入場。まずはメーカー直売のセール品を期待して1~3ホールへ。残念ながら今回観たかったメーカーやディーラーが結構不在で見所が大幅削減でした。

無いもの言っても仕方が無いので発売前の見本などを見ます。まずは転勤した友人にも頼まれていた銀河英雄伝説 Die Neue Theseに出てくるブリュンヒルト。
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精巧な出来でスタイルも良いと思いますが、WLの軽巡よりも小さい(?)サイズで定価5000円超えは完成品の価格みたいです・・・。

地元長野県の城郭をキット化してるプラムはいきなり1/80の中央線201系をキット化しました。
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その大きさに見合うディテールで、千葉県民としては総武線と京葉線カラーで並べたいところです。
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来年いよいよ最終作(?)の公開が発表になったエヴァンゲリオンも元気で、アレンジの効いたこの大型モデルは外国人がひっきりなしに撮影しまくってました。
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上映中のキングオブモンスターズ版ゴジラのビッグフィギュアも迫力満点でしたし、個人ディーラーの方ではシン・ゴジラ版の造形もありました。
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個人ディーラーホールでは最も目を引かれたのがこの1/35大和型主砲塔です。上の機銃だけピットロードのキットで残りは3Dプリンターでの出力だそうです。
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戦車などでメジャーなスケールで46cm砲の口径が1cm以上あるって・・・。

甲板の下の砲塔部分も中まで造られてて乗員12名が付くそうです。お値段約10万円・・・。
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これは売り物でなくて残念でしたが川越の時の鐘の模型です。今回建築模型が本当に少なくて財布には優しかったですが、これも販売してくれませんかねぇ・・・。
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お買い物は艦船資料一冊と、絶版模型2点に、市場よりも全然安かったガンプラ一点のみでした。ちょっと早めに帰路につくも帰りの渋滞は既に始まってて猛暑の中時間を掛けての帰宅となりました。

厚木市地頭山古墳 愛甲大塚古墳

国道246号線が129号線と分れて伊勢原方面に向かうと、間もなく下り車線だけ地頭山洞門を潜ります。その上が削平されずに保存された地頭山古墳です。ちなみに横の交差点名は地名から舟子洞門になってます。

ドラレコで潜る直前の画像で、北東より見てます。前方部がハミ出ていて、切り落とさずトンネル工事で残したのが良く分かります。
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階段が見えてその下には石柱が立ってます。その先の歩道も墳丘北側(右側)を迂回してます。

北西より見てます。左手前が前方部で、右奥が後円部になります。北向きで全長約72m、高さ約7mの規模です。
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前方部より後円部を見てます。後円部は半分地権者が異なるのか人の手が入ってません。
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後円部で180度振り返って前方部を見てます。墳形などから5世紀前半の築造と推定されていますが、主体部は未調査で、遺物等が無く確証は有りません。
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解説板です。ちょっと古いので市内の他に確認された前方後円墳抜きで記述されたままになってます。
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地頭山古墳から南南西におよそ1.4km、愛甲石田駅の南東およそ190mの伊勢原市との境界線に跨る愛甲大塚古墳を東側台地下より見てます。
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大型円墳と考えられてましたが、地頭山古墳の解説板設置後伊勢原市側の調査で鉄鏃や土器片が出土して地頭山古墳よりも先に築かれた可能性の高い、全長80m以上の南西向きの前方後円墳と判明しました。

西北西より見てます。石田車塚古墳とも呼ばれ、残ってるのは後円部のみで、右手に前方部が続いていましたが、平安時代の遺跡が見つかり、早々に削平されてた事が判ってます。
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現状は直径約35m、高さ約5mの丸いマウンドの西側を一部直線状に削られてます。マンション前のフェンスは周溝跡の市境で、伊勢原市に入る前方部跡は調査後地形ごと失われました。

行く度に手前の分譲地に家が建ったら墳丘も見られなくなると思ってますが、駅に近いのに長い事売れないのは何故なんでしょう・・・?まさか買うと同時に発掘調査費用負担が義務付けられているとか・・・?

高崎市綿貫稲荷山古墳

下滝古墳群から井野川を挟んで対岸、御伊勢山古墳の南東およそ450m、神社の土台になってる円墳です。

水田で見開けている北西より見てます。神社の載った墳丘が夏場で遠くからでも見る事が出来ます。
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北より見てます。道路もここ以外は直線なのですが、墳丘を大きく削る事無く迂回してくれてる様です。
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カーブミラーの後の部分だけ造り出し状に低く突き出てますが、これが他の向きも続いてたならもう一回りは大きい墳丘だったのではないでしょうか。

南より見てます。現状直径約20m、高さ約1.8mの規模です。横穴式石室を持ってて、須恵器が出土したとされてます。
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墳頂に鎮座する稲荷大明神の社殿です。社殿造営で平らに削られてますが、復元規模は直径約21.8m、高さ約2.4mとされてます。
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下野市国分古墳群(後編)

国分寺愛宕塚古墳の北東およそ300mに在る山王塚古墳を南より見てます。左が前方部で、右が後円部になります。
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愛宕塚古墳と同様にくびれ部の前方部寄り(電線支柱辺り)に横穴式石室が有るものの、盗掘によって天井石まで持ち去られてました。大甕や、須恵器片、鉄地銀張製帯先金具が出土し愛宕塚古墳と同時期の築造と推定されています。現在は埋め戻されてます。

北東より見てます。西北西向きの復元墳長約89m、高さ約4.5mの前方後円墳です。幅約10mの周溝が全周し、(前方部西側周溝端は未確認ながら)含めた全長は約110mに及ぶと考えられてます。
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基壇より下は農地に完全に取り込まれ見る事が出来ず、2段目も農道や耕作のために縮小されてます。ちなみに焚火は放置されてません。画像を合成して農家の方を消してます。

山王塚古墳の東北東およそ100mに在る丸塚古墳を北西より見てます。直径約58m、高さ約6mの墳丘が南以外の方向から良く見えます。県指定史跡になってます。
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アクセスは東からで、史跡碑と解説板が道路からも見えます。
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横穴式石室が南面していて、中には入れませんが唯一中を見学する事が出来ます。
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石室手前にも川原石が積まれてた痕跡が見つかり、前室が有った可能性が高くなってます。

前方後円墳と同様に幅の広い基壇を持ち、耕作されてない南側にはその外側の周溝らしき窪みも残ります。
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周溝も含めた直径は92mに達します。

柵越しに玄室内部を見てます。L2.24m×W1.64m×H2.1mのサイズで各面で一枚物の凝灰岩の切石を組み合わせて造られてます。
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古くに開口して副葬品は持ち去られてましたが、多数のガラス小玉が発掘調査で出土しました。

解説板です。一枚切石を刳り貫いた玄門は山王塚古墳や県最大規模の吾妻古墳等に共通するもので、前方後円墳が造られなくなった7世紀前半の築造と推定されてます。
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下野市国分古墳群(前編)

国分古墳群は下野国分寺の北北東900m付近に分布する古墳群で、周辺の市や町の古墳群と併せてしもつけ古墳群を構成してます。現在は前方後円墳2基、円墳2基が残ります。

県指定史跡になってる国分寺愛宕塚古墳を北より真横から見てます。墳丘長79.5m、高さ約5mの南西向きの前方後円墳です。
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手前の低くなってる場所が周溝で、やや高くなって緩やかな斜面の基壇、その奥が2段目で左が後円部、右が前方部です。

下野型古墳とも呼ばれる幅の広い基壇を持ち、その北西隅辺りより墳丘を見てます。
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基壇の周りには幅約10mの周溝が全周していて、周溝まで含めた全長は98.5mに達します。

南側くびれ部は国分寺愛宕神社で大きく削られてます。前方部寄りに横穴式石室の一部(天井石?)が露出してるとの事ですが、見当たりませんでした。
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前方部より後円部を見てます。後円部と前方部はほぼ同じ高さで、この規模で後円部の方が40cm程高いだけです。
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後円部で180度振り返って前方部を見てます。埴輪が無く、須恵器甕が複数出土している事から6世紀末の築造と推定されてます。
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参道脇に設置されてる解説板です。
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すぐ側には国分寺町時代の古い解説板も残ってます。基壇を含んでないので規模等の数値が異なります。
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国分寺愛宕塚古墳の北北東およそ180mに在る愛宕3号墳を南より見てます。コントラストで黒く塗り潰れてますが石祠が祀られてます。
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北より見てます。直径約10m、高さ約1.5mの円墳ですが、耕作により現在は方墳状に削られてます。
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続きます。

市原市御蓙目浅間(ござめせんげん)神社古墳 平田古墳

JR内房線五井駅から更科通りをおよそ1km進んだ交差点の北東側、五蓙目阿波須神社の社殿の裏に石を積まれた塚の上に浅間神社が窮屈そうに祀られてます。これが御蓙目浅間神社古墳です。

南側参道より見てます。現状直径約6m、高さ約2mの塚状ですが、更科通り拡幅前の発掘調査により全長約30.5m、高さ約3mの西向きの帆立貝型前方後円墳であり、その周囲に幅4.5~6mの周溝が有る事が判明してます。
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北東より見てます。塚に転用された際に石を集められ古墳らしさは損なわれてますが、この角度で見ると残丘状態でも最も旧状を偲ばせてくれます。
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調査時に既に後円部中央を残すのみでしたが、前方部付近の周溝から円筒埴輪や人物・動物などの形象埴輪が出土し、一部は市原市埋蔵文化財調査センターの電脳展示室で紹介されてます。

西側くびれ部付近より後円部を見ると通り側は更に削られて、前方部は歩道から交差点になってます。調査時にこの辺りで墳丘を切って、盛土状況が調べられてます。
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市原市埋蔵文化財調査センターの遺跡ファイルに発掘中の模様が紹介されて、ほぼ同じ角度でストリートビューでも比較できます。

平田古墳は御蓙目浅間神社古墳の西およそ310mの墓地の中に現状保存されてる小円墳です。
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南西より見てます。直径約8m、高さ1.8mの規模の古墳、もしくは経塚転用の古墳と推定されてます。
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かつては平田古墳群とされてましたが、現在は一辺約10m、高さ約2.5mのこのマウンドは近世の三山塚と判断されてる様です。
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小美玉市羽黒古墳群

JR常磐線石岡駅の北東およそ3.6km、石岡市との市境を流れる園部川左岸の段丘上に分布する、前方後円墳1基と円墳2基から成る古墳群です。円墳1基は消滅してますが、残る2基は古墳公園として整備されてます。

国道6号線から案内看板も無く入り難い道から、群南東側に廻ると標柱が立ってます。上の歩道を行くと羽黒古墳の南西側に直接出ます。
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右手の坂を上がると無料駐車場へ行きます。

駐車場脇には小美玉市教育委員会による解説板が設置されてます。
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主軸を北西―南東としてますが、世の地図が全て狂ってない限り南向き(やや南南西?)の前方後円墳です。

駐車場から階段を上って遊歩道を進むと3号墳が見えてきます。
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反対側北東より見てます。直径20m弱、高さ約2.5mの円墳で、西面は墓地に転用されてます。
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南西より羽黒古墳を見てます。右手前が前方部で、左奥が後円部です。駐車場を通らずに来るとここに出ます。
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前方部手前の角付近は大戦中防空壕の為に大きく抉られてましたが、復元されてます。

西より見てます。全長約67m、高さ約7mの柄鏡形の前方後円墳です。
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国道は何度も通過してますがこの姿が見えてるとは全然知りませんでした・・・。

北西より見てます。後円部の脇に何か設置されてます。
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近寄ると小美玉市とほぼ同じ内容ながら実測図付きの旧美野里町教育委員会による解説板でした。
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美野里町時代に文化財に指定され、小美玉市にも引き継がれてます。

前方部より後円部を見てます。左奥の墓地が2号墳の跡地の様で、茨城大学考古学研究会さんが測量されてますが、古墳らしき痕跡は見られませんでした。
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後円部で180度振り返って前方部を見てます。細くて低い前方部の様子が分かりますが、撥形に角がもっと広がってた可能性が有るそうです。
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後円部墳頂の様子です。中央のやや窪んだ場所に小さな祠が祀られてます。主体部は未調査です。
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奥に立つ石碑は区有林植樹記念のもので古墳とは関係有りませんでした。

夏場でもこの様に見学し易いので是非オススメです。

高崎市栗崎飯玉山古墳

不動山古墳の西およそ1.1km、粕川の対岸に単基で築かれた古墳で、旧岩鼻村では25号墳とも呼ばれてました。北西向きの全長27.2m、高さ3.6mの前方後円墳とされてますが、改変激しく現状は約30mの長さの神社基壇になってます。

南より見てます。墳丘は平らに均され、右側後円部を避ける道路の丸みに僅かに前方後円墳らしさを残します。
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裾部が石垣で固められてますが墳丘自体にも葺き石が施されてて、周辺地表下には盾形の周溝も確認されてます。

北東より見てます。後円部は前方部よりも広くフェンスで囲われてますが、墳丘を削って周りに土をどけてるみたいで旧状は偲べません。
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前方部より後円部を見てます。後円部は参道と栗崎町児童公園になってて遊具が設置されてます。
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中央より木棺が検出され金環や勾玉、刀などが出土してますが、墳丘が現在よりも全然高い時期に調査されてるので、今の地表よりも高い位置に在ったのかもしれません。

後円部で180度振り返って前方部を見てます。前方部上には諏訪神社が鎮座してます。
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主体部の他にも円筒埴輪列も確認されており、調査後復旧されずに削られてしまった事は残念です。
プロフィール

あんけん

Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

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