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桜川市鹿島神社本殿

八幡山古墳の南およそ400m、同じく観音川を西に見下ろす台地縁に境内に古墳群も在る鹿島神社が在ります。

拝殿です。現在はすぐ東側に車を置けるスペースが有って参拝できますが、南に向かって広い境内が残り参道も200m以上続きます。裏手の鎮守の森に円墳が3基在ります。
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左手前の標柱は県の文化財に指定されてる本殿のモノです。

拝殿の東側に由緒書きが設置されてます。天正時に大修復されたのが現存する本殿と書かれてますが、彫刻などから現在県や市では元禄の再建と推定しています。
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そこから北に回ると茅葺きのままで保存されてる本殿が見えて来ます。屋根はネットで保護されてます。
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東より側面を見てます。一間社流造(ながれづくり)と言う一間四方の社殿の切妻屋根をそのまま伸ばして向拝に繋がってる構造です。
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千木は先端が垂直になる外削ぎなので祀られてるのは通常男神(おがみ)になります。

北西より背面を見てます。雑草が生えて管理が行き届いてない様にも見えますが、雨中でも屋根自体の傷みによる雨漏り等は見られません。
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明日は裏手に保存されてる3基の円墳に続きます。
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筑西市薬師町古墳移設石室

JR水戸線下館駅の北およそ380m、県道306号線結城街道が大町通りにぶつかり南に折れる大町3丁目交差点の北東側の東日本銀行裏手に曹洞宗鳳来山慶林寺跡が在り、地図にもあまり掲載されない薬師堂だけが残ってます。そのお堂の東側に石室が保存されてます。

お堂の右手に市指定文化財の標柱が立ってます。パッと見この眺望の良い台地縁が古墳に思えてしまいますが、昭和45年に南西数十mの民家の庭の地下1mで見つかってます。
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市のHPでも石室ごと移築したと記載されてるのですが、原寸不明なものの埋葬する最低限のサイズ故か石棺と書かれる事もあります。

一応覆屋で保護されてるのですが、あまり細目に管理はされてないらしく、手前の手水鉢も水ではなく落ち葉で埋まってますし、舗装もガタガタで笹が茂ってました。
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石室は中央部分の天井石が無いのかトタンや板で塞がれており内部は見えず、端部の石材はちゃんと柵で囲われてません。
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中から男性2体分の人骨と刀子、鉄鏃などが出土し朱塗りの跡も確認されてます。

反対側も石材がはみ出ていてちょっと残念です。覆屋の屋根も以前は瓦葺だったのですが・・・。
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柵際に退けられてる香炉がもう誰も供養してない事を物語ってます・・・。

直上に懸架されてる由緒書きです。自分が初めてここを知った時は古墳が土を盛り始める以前の石室と紹介されてたのでとてもインパクトが有って覚えてたのですが、今回調べ直したら南南西およそ3.5kmで見つかった同形式の野殿古墳と同時期の古墳時代後期のモノと推定されてました・・・。
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牛久市刈谷古墳

JR常磐線牛久駅の西口から国道6号線牛久駅西出口交差点を真っ直ぐ通り抜け、1.5kmほど進むと台地縁で突き当たって左へ直角に曲がる様になってます。その右手の刈谷第二街区公園内に1基の円墳が保存されてます。

北東より見てます。刈谷自治会館の西隣で墳丘は概ね藪で覆われていて外部からは見えません。右奥のフェンスは稲荷川を見下ろす台地縁です。
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直径約12m、高さ約1.5mの規模で、調査歴は調べてませんが遺跡ウォーカーなど一部に湮滅表記されてるのは新興住宅地に生まれ変わって住所も変わり、湮滅した刈谷町内の古墳時代の遺跡と混同されてしまってるのでしょうか?

西面に墳頂への上り口が開いてて、ここからだけ墳丘が見えるのですが横に倉庫が設置されてます・・・。
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この倉庫と手前の舗装路以外の部分は幅約5mの円形の花壇になっていて周溝跡の様です。

墳丘に上がって右へ回り込むと東向きに青面金剛明王が安置されています。庚申塚になってたのでしょう。
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松ぼっくりは子供が供えたのでしょうか・・・?

何故かそれらと向かい合って座れるように椅子が置かれてました。確かに一枚目の画像の様に外からは全然見えない場所ではあります。
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数年前初めて来た際は町内会の行事中で、場所をお聞きしたら誰も御存じ無くて「こんな所に古墳!?」とプチ騒ぎになったのですが、その際は東面に有った参道が塞がれてて深い蜘蛛の巣の奥に僅かに石仏の背面が見えただけだったのが掃除までされる様になったみたいです。

筑西市小栗丸山古墳

茨城県と栃木県の県境になってる大政山、その尾根を西に進むと北関東自動車道のトンネル辺りで二股に分かれて南東に続く尾根が続き、その先端近くに丸山と言う山が在ります。その頂上の、つい最近地形などから発見された90m級の前方後円墳が小栗丸山古墳です。

プチジモティーの方とご一緒してナビして頂き天神山古墳群の分布する天満宮から同じ標高で移動するのが一番楽と思いましたが、地元の方にずっと遠回りだけれど尾根まで上がって散策道を下った方が良いんじゃないかと教えて頂きルートを変えました。結果として散策道は無くなっていて、茨が沢山生えてるし猪がそこら中の地面を掘り返していて大変危険なのでおススメ出来ません。あえて行くなら蓬田本田の西の墓地の横から上がった方が倒木だらけですがまだマシです。

墓地の横から登って来ると最初に見えてくる前方部端です。公式な測量はまだですが、確認調査に行かれた方々によるメジャーを使っての計測(以下の数値も同じです)では幅約46m、高さ6.8mです。
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そこから右手を見ると前方部南東面越しになんとか後円部が見えます。
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東側約1kmの山裾近くに在って消滅した山ノ入2号墳は前方部の南面中央付近に主体部が有りましたが、こちらはどうでしょう?

北東に周って南東側の横から見てます。尾根上の墳丘で後円部は実際ほど大きく見えません。全長約88mの南西向きの前方後円墳です。
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倒木が多く、もう少し後円部に寄ると前方部も写真では全然判らなくなってしまいました・・・。

墳丘北側には陪塚らしきマウンドが在ります。地形もあってハッキリしませんが、直径10m程度で高さは2m強の規模でしょうか・・・?
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少し戻って径約54m、高さ11mの後円部を登ります。
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葺石が施されてる様で所々で散見されますが、山上なので川原石ではなくごつごつした10~20cm大の石が殆どです。
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後円部の墳頂の様子です。直径約15mの北西側に傾く平坦面になってます。
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埴輪片は未だ確認されておらず、主体部も位置すら不明なので築造時期も不詳です。

墳頂から先ほどのマウンド方面を見下ろしてます。国土地理院地図を傾斜量図で見ると双方中円墳の様に張り出してる様に見えますが、実際尾根の鞍部よりも少し高いテラス状になっていて、その先端が少し盛り上がってる様に見えます。
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この左奥の近くに在る別な頂部も古墳だと思うのですが・・・。

後円部より前方部を見てます。規模が大きく、2本の倒木が見える辺りがくびれ部です。
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くびれ部で180度振り返って後円部を見上げてます。比高差4m以上で、横から見る以上に後円部の高さが有ります。
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再度振り返って前方部を見てます。薄曇りの日の探訪だったので良かったのでしょうか?きっと好天だったら日が差して地形が写らなかったかもしれません。
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前方部に少し進んで再度後円部を見てます。既に後円部上部は見えてません・・・。
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前方部墳頂の様子です。幅15mの先端の直線が良く残り、そこから急斜面を下りると一枚目の画像の横になります。
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再度後円部をそこから見ても、遠すぎて全然見えません・・・。
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なんとか公式に確認調査されて、それを機に尾根のトレッキングコースも再整備されないものでしょうか・・・?

つくば市西大橋塚山古墳

つくばエクスプレス研究学園駅の南におよそ760m、蓮沼川を東に見下ろす台地上に築かれた円墳です。

つくば温泉 喜楽里別邸の駐車場の一角にひっそりと(?)保存されてます。自分もテストコースが撤去されて入浴施設が出来た際に削平されたものとばかり勘違いしてました・・・。
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奥の空き地は日本自動車研究所の高速テストコース跡で、この西およそ400mには切り取られた45度バンクの一部が保存されてます。

右手前側、北西面は墳丘の端で切られていて、周溝は失われています。
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直径約12m、高さ1.2mの規模で、周囲に幅1.5~2.4mの周溝が検出されてます。

墳丘北東側に設置されてる解説板です。
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周溝を確認するトレンチしか設定されてませんが、遺物が殆ど見つからないため詳しい築造時期等は不明です。

図の部分を拡大して。規模と地形からすると単独で1基だけ築かれたって事も無い気がしますが・・・?
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桜川市高森古墳群

高森古墳群はJR水戸線大和駅の北側、桜川を東に見下ろす台地縁に分布する円墳3基から成る古墳群です。

駅の横に在り、稲荷古墳とも呼ばれる1号墳を東南東より見てます。踏切横から参道が続き、未調査ながら規模の有る墳丘が見えて来ます。
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直径約55m、高さ7.5mの群中最大の円墳です。

北東側の2号墳の傍より見てます。以前は間に民家が建ってましたが、撤去されさくらがわ地域医療センターの敷地の高さで掘られており、両者の間は分断されてます。
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参道の南側は周溝跡が散策路の様に残ってます。
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墳長は径10m以上の平坦面になっていて、北西端に石祠が2基祀られてます。
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訪問時は出くわしませんでしたが、冬場で駅前なのに参道を遮る様に真新しい猪(?)の糞が大量に集中してました。墳丘からの眺めさんも忠告されたそうですが、人気の無い藪中の古墳探索ならこのコロナ禍の影響も無いものと思えるものの(冬場でも)単独行動には注意が必要みたいですね・・・。

北東に並ぶ2号墳を北より見てます。西側の共同墓地で削られてる直径20m級の円墳とされますが、現状直径約15m、高さ2mの規模です。
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北西より見てます。西に隣接する墓地にお邪魔すると墳丘が見えます。
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藪の中以外で唯一墳丘の見える角度ですが、お墓が裾を大きく削って並んでる様には見えません。

墳頂は盗掘の跡か、主体部の落ち込みなのか、南向き(左奥)に窪んでいます。
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1基だけ北東に200m以上離れてる3号墳を北東より見てます。直径45mの円墳とされてますが、西側が墓地になりアクセスする道が出来るなどしたため、現状は直径40m弱、高さ約3mの西側約1/3を削られたマウンドとなってます。
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一昨年の秋に手前側墳裾にトレンチが入れられるなどの調査が入った様ですが、報告書等はまだ出ていないみたいです。グーグルマップのストリートビューでは何故かぼかされてますが・・・?

2号墳との間は大規模発掘中で、建物跡や性格の不明な溝遺構が道路からも見えました。撮影位置背後の北側に広がっていた農地も大きく掘られて開発工事中です。

筑西市御止山(おとめやま)古墳

JR水戸線新治駅の北西およそ3.5kmで真岡鐡道折本駅の東北東およそ3.2kmの小貝川左岸のすぐ近くの自然堤防上に築かれた前方後円墳です。墳丘を削って南側には地名にもなってる太陽寺が建立されましたが、今は廃され「天照山」の額を掲げる山門と墓地を残すのみです。

南西より見てます。資料等では北西向きの全長20mの規模とされてますが、最近墳丘上の樹木が綺麗に無くなって見るとその倍の長さを有し、南東の筑波山に前方部を向けた前方後円墳に見えます。
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市野関稲荷神社古墳の様に前方部の方が立派に見えるだけかもしれませんが・・・。

墳丘南東隅部を見下ろしてます。右手の廃寺の建物で東西にバッサリ切られており円形か方形か判断出来ませんが、この端から反対側の端部まででも約40mの長さが有り、後円部ならばもっと長くて大きい事になります。
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南東部より北西部を見てます。左手(西側)近くに小貝川の堤防が見えてます。右手側は企業地になっていて、墳丘上に街燈を建ててくびれ部を大きく段築状に削ってます。
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すぐ奥に電柱も見えますが北西側は主軸線に対して斜めに削られ、北面もトラックやバスの出入りの為か真っ直ぐ削って角が出来てます。

北西部で180度振り返って南東部を見てます。この主軸線の16km先は筑波山ですが、意識された向きではないのでしょうか・・・?
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再度振り返って墳丘北西部墳頂です。墳丘上はほぼ均されてる様に見えますが若干こちら側が高くなってます。道路からは約4m、私有地側からだと約3mの高さです。
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街燈の手前、北東側の切り株の下が一部だけ塚状に盛り上がってます。

小貝川がすぐ脇を流れていた時期も有る様で調達も楽だったのでしょう、葺石が削られてない南西側くびれ部付近で見られます。
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恐らく測量すらされてないので、遺物の調査も行われてないと思いますがちょっと埴輪感に乏しい土器片は散見出来ました。
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追記;つくば市下河原崎高山古墳群発掘調査の記事に現状を追記しました。

小美玉市生涯学習センターコスモス内移設石棺

権現山古墳のすぐ北西側に建つ生涯学習センターコスモス(右手前)、そこと繋がる西側の建物(左奥)は小美玉市玉里資料館などが入ってます。
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右端の木立は岡の内古墳群跡のしみじみの家です。

駐車場から建物左手に回り込み舘山神社との間まで行くと、3基の石棺材が保存されてます。
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手前の復元された石棺はここの南東およそ1.5kmに在った山田峯5号墳のモノで、奥の2基は反対側で北西およそ1.8kmに在った富士峯古墳群のモノです。

説明板が設置されてますが、時間も経ってて表面は捲れ上がってしまってます。
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日光が殆ど当たらないので読み難くはなってませんでした。館内の遺物ですが、撮影に所有者の許可の要る個体が有るとの事で撮影してません。

まず山田峯5号墳の石棺から。両妻面1枚づつに側面が片側2枚づつ、天井には3枚の雲母片岩の板石を使用してます。
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平成2年に農道拡幅工事のため6号墳と共に発掘調査されました。

反対側より見てます。L2.03m×W1.01m×H0.94mの大きさで、中から人骨4体分と金銅製耳環1点が出土してます。
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石が動いて隙間が大きいので落葉が入り込んでますが中も見易いです。元の方角で東側の隅より覗いています。
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こちらは富士峯1号墳で出土した3基の石棺の内のⅡ号石棺です。富士峯古墳群は現在S−TEC昭和大学・山王台病院医療技術内視鏡手術トレーニングセンターの建つ台地上に分布していた前方後円墳1基、円墳4基から成る古墳群で、全基消滅しています。
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1号墳は主墳たる墳長68m、高さ6.5mの南南西向きの前方後円墳で、3基の箱式石棺が後円部から出土してます。

反対側より見てます。元の方角では北から見ていて、天井の石材が大きくはみ出してます。L1.96m×W約1m×H1m強の大きさで山田峯5号墳の石棺とほぼ同大ですが、より深く埋まっているので石も動いておらず、低いフォルムに見えます。
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Ⅱ号石棺は後円部墳頂のくびれ部寄りで見つかり、1基だけ墳丘主軸線と向きを揃えてませんでした。

こちらは隙間の少ないキッチリした状態で中の様子はあまり良く見えません。しかも開口部には銀河系みたいな蜘蛛の巣が出来てて、中の方の巣と重なって小宇宙の様でした。
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中から3体分の人骨と、直刀2・金銅製耳環4・勾玉12、銅釧3、玉類などが出土してます。

こちらは唯一復元されずに積まれた石材です。同墳丘の残りの石棺材らしいのですが、図面で合致しない石材が混ざってると言う事で詳細は分からなくなってるそうです。
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成田市所古墳群(附:神楽場古墳群)

所古墳群はかのへ塚古墳群の南東およそ1.2km、東関道大栄インターの北東側に分布していた前方後円墳7基、円墳3基以上(6基?)から成る古墳群です。埴輪片が採集されたとも伝わりますが詳細不明です。

インター出口から国道51号下り線に合流して400m程東へ進むとフェンスで囲われ公園化された広場が左手に見えて来ます。その広場から北西を見ると三峰神社の石祠を祀ったマウンドが見えます。これが群中唯一残るとされる10号墳です。
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西より見てます。南向きの全長21m、高さ2.1mの前方後円墳で、右が前方部で左が後円部になります。
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この他群の北側半分を中心に1~6号墳は調査時に既に大きく破壊されていた南~南東向きの前方後円墳でした。一応周ってみましたが、畑となって痕跡すら見られませんでした。

10号墳の西側近くに在る直径約10m、高さ約1m円形のマウンドです。
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番号を振られてない円墳の可能性も考えられてますが、すぐ横の熊野神社の周りを囲う土盛りもあって詳細は不明です。

ここは熊野神社の北北東およそ100mの円墳だった7号墳所在地です。ずっと残ってる土盛りで、敷地境で残った残丘にも見えますが・・・?
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所古墳群から国道51号線を挟んで南側には円墳4基から成る神楽場古墳群が分布してます。当然古代に国道なんて有りませんし一つの古墳群として扱うべきとの考えも有ります。その場合前方後円墳だけの北側グループ、円墳だけの南側グループ、混在する中央グループとなり大変興味深い構成になります。

10号墳の南東、国道上り線の案内標識横から南に入り、60m程進むと左手に藪で覆われた神楽場1号墳が見えて来ます。
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通り過ぎて南西より見てます。直径10m程の円墳なのは分るのですが、恐らく2.5~3mの高さの墳丘は全く見えません。
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よく見るとフェンスが墳裾を少し跨いでいるのが見て取れます。

南東に50m程離れた神楽場2号墳を東より見てます。以前はこちらも藪で覆われ墳形も見辛かったのですが・・・
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最近は墳形が見える程度には管理されてる様で、ちょっと前に訪れた際は(カメラを持って行き忘れて撮ってませんが)墳丘名の書かれた立て札が立ってました。
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直径10m弱、高さ約3mの円墳ですが大分変形している様に見えます。ここの南西側に残る円墳2基が確認されてますが、確認時には大方削られていて古い航空写真や地図でも確認出来ないので、いつ頃削平されたのか詳細は不明です。

袖ケ浦市宮ノ後古墳群

堂野古墳群から台地縁に沿って東南東におよそ1.5km、小櫃川を南に望む台地縁が北東に折れ曲がる周辺に築かれてる古墳群です。前方後方墳1基、円墳5基から成る古墳群として昭和50年代に測量されてます。測量後の農地整理で畑も農道も様変わりしていて、分布域が曖昧なのか更に数基を記す図も見られるほかポイントされてる場所も疑わしいも所も有ります。平成になって出された千葉県所在古墳詳細分布調査報告書では円墳4基とされ、町史では円墳7基中残存3基とされてます。

一辺7~80mの正方形の広い境内に建つ三作神社です。この境内に円墳が3基、社殿を囲う様に残ります。
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社殿の右奥、境内東端に在る1号墳を北より見てます。
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境内側、南西より見てます。直径約25m、高さ約3mの規模で、群中最大の円墳です。
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1号墳の南西に並ぶ2号墳を北東より見てます。
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直径約20m、高さ約2mの規模です。

反対側、南西より見てます。墳頂ではなく社殿側墳裾に石祠が祀られてます。
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社殿の北西、境内の北の端に在る3号墳を東より見てます。恐らく昔は境内の角がしっかり出ていたのでしょうが、丸く農地が拡げられ、農道で半壊してます。
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以前は農道の右まで墳丘が続いていたと思いますが、現状は直径約10m、高さ1m強の円墳の半分程が残ってます。

北より見てます。左奥に1号墳が見えてます。袖ケ浦市郷土博物館の駐車場から東へ900m進み、農道を左折するとここに来ます。
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1号墳の北東に150m程離れた4号墳を西より見てます。分布図によっては境内との間に円墳数基をポイントしてる図も有りますが、確認できたのはこの1基だけでした(ちば情報マップは単純に6基を真っ直ぐ並べた誤記だと思います)。
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直径約15m、高さ約2mの円墳です。左奥のマウンドは古墳ではありません・・・。

反対側、東より見てます。台地縁に築かれ、斜面下はすぐ館山自動車道が通ります。
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館山道の東側、墓山古墳群に向かう台地縁に円墳や前方後方墳が在るとされますが、分布図がズレてるらしいのと余剰土を盛った高まりが見られ(ここに限らず遺跡として扱われてすらいないマウンドがあっちこっちに・・・)、県の分布調査報告書と同じく確認する事は出来ませんでした。
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あんけん

Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

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