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遠江掛川城

掛川城は室町時代の中頃に今川家重臣朝比奈泰煕が現城跡の北東の天王山龍華院の場所に城を築いたのが始まりですが、現在の地に移り、城主交代を経て山内一豊によって改修されて今残る城の形が完成しました。

掛川駅前の交差点より一本東の道を北に進むと復元された大手門が見えてきます。本来の場所は往来の多い交差点になってしまった為、北に50mずらして復元されてます。
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門には発掘された礎石根固め石が展示されてます。

裏には現存では珍しい大手門番所が移築されてます。1859年の大地震後の建築で、大手門復元に合わせて移築されました。
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市指定文化財になってます。

番所横より見た城中枢部です。朝一で行ったので門や天守最上階がまだ閉まってます。
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門を抜け真っ直ぐ進み、図書館の前を西へ折れると貴重な二の丸御殿に着きます。ここは御殿南東部の玄関で城郭建築では珍しい起破風(むくりはふ)という上方に反り返った屋根を採用してます。
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左に進むと御殿南西部の大書院の縁側と庭になります。南洋の木が似合わないので写らない様にすると窮屈な写真になってしまいました。
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更に周って御殿北西部の小書院を見てます。やはり日本建築には松が似合います。
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この左側には奥書院が建ってましたが失われ、現在は二の丸美術館が建てられてます。

玄関より中に入って広間の奥の御談の間です。
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大書院の三の間より次の間・上の間越しに庭の方を向いてます。
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そのまま部屋の中を通って御書院上の間です。藩主が政務を執り行う部屋でした。掛け軸の文字は「虎」の異体文字だそうです。
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廊下より見上げた復元天守です。手前の新しい石垣は明治時代に真下の十露盤堀を埋めるために腰曲輪を削った場所で地形ごと失われてます。
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奥の小書院は藩主の公邸で、囲炉裏の有る居間に当たる部屋も有ります。残る北東部は板張りの部屋ばかりの諸役所スペースで武具や書物・絵図などを展示するエリアになってます。
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御殿を出て本丸入口の下まで来ました。
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正保の絵図を元に再現された四足門です。発掘調査では門の痕跡は見つからず防備的にも疑問が湧きますが、現在は段差の高い石段と共に正面口の顔となってます。
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門を潜ると右手に有田製磁器の模型が置かれてます。右端の三重櫓はちょっと位置がずれてますが太鼓櫓を移築前の姿で再現していると思われます。
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模型のある場所は本丸虎口前の丸馬出になっており、深さ8mの三日月堀南側だけ石垣になってるのが発見されました。天守側には埋められた十露盤堀も一部復元されてます。
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本丸虎口です。正面が本丸で、右に天守丸への登り口が続いてます。左の石垣の上には現存の太鼓櫓が移築されてます。
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天守へ登る途中同じ高さの場所より見た太鼓櫓です。やはり大地震後の建築で元々は三の丸に在ったものを荒和布櫓跡へ移築されてます。
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何回かの移築で改変著しく二層になってますが、模型の様に元々は三重櫓だったと考えられてます。

180度振り返って天守丸を見ます。1994年に初の木造復元天守として再建されました。ただ史料にある幕末の姿でなく創建時を想像して高知城天守を参考にしてたり、内部は根拠に乏しいなど復元とは言えないとする考えも根強いです。
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解説してくれる方も復元のために天守台を破壊した事は納得いかないと仰ってました。

今度は先程の二の丸御殿全景を見下ろします。玄関と大書院の屋根が一際高いのが分かります。御殿もやはり大地震後の再建で、廃藩後は役場や学校などに利用されたのち整備されて国指定重要文化財となってます。
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天守丸は狭いので天守はこれ以上近寄ると、持ってるカメラでは完全な部分写真になってしまいますので天守下門越しに。
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天守下門は冠木門で再現されてますが往時は櫓門でしたのでこの様には見えなかったハズです。

天守丸に在る霧吹き井戸です。今川氏真時代に徳川家康が攻めて来た際、霧が吹き出て城を守ったという逸話が伝わります。
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天守内部はピンボケか他の来場者が見切れてる画像ばかりなので割愛(爆)し、高欄より見た大手方向です。眺めは良いのですが、周りに遮る物が無いため台風など風雨に晒され傷むので、倒壊前の天守は望楼全体を壁で取り囲んでしまってました。
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しかし逆に考えるとよく落雷に合わなかったものだと思います。

この他市内外の寺院に移築された門が3棟残されてます。
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