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佐倉市第三工業団地遺跡群その1

千葉県佐倉市南部、第三工業団地の周辺には多数の古墳が群を成していましたが、その多くは開発されてわずかを残すのみとなってます。

遺跡は各ポイントごとに別称で呼ばれたため大作エリアのみ「大作古墳群」と呼ばれたりしてますが、正式には○○遺跡◇号墳と呼ぶべきなのでしょうか?遺跡の分け方はこの通りです。千葉県佐倉市埋蔵文化財分布地図に加筆。
遺跡区分図_convert_20180831223533
青い線は谷津で、赤い線は台地上で調査の際に別けられたラインです。図の上でも多数の墳丘が掲載されてますが、調査毎に新発見があったのか個別調査報告書が反映されてませんし、その報告書も最近新たに出た市史とはデータがあってません。
最も新しいと思われる参考データによると各エリアでの墳墓の発見数は
池向   61
大作   47
松向作  23
立山   14
向原   14
栗野   5
星谷津  2
タルカ作 1
向山谷津 1
明代台  1
の計169基としたリストがある一方で、全体で数がもっと大きいのもあるし(ウエブ上だと209基説も!?)、タルカ作は小さい方形の溝が見つかっただけですが、他のエリアではカウントしてない場所もあるという統一性に欠けてる情報ではありますが、おおよそ中央部から北東・南東にかけて古墳が集中してあったことが解ります。

現在古墳が見学できるのは大きく分けて三つで、「大作遺跡」のある池ノ台公園の5基、「松向作遺跡」のある大作緑地公園の7基(?)、そして栗野I遺跡続きながら工場化しなかった農地の中の2基です。

高さのあるマウンドが残ってるのは2基のみで、残りは低い高まりがあるだけです。

池ノ台公園西側の角の近くに在るマウンドです。もっとも墳丘らしい様相を残してます。
A南より_convert_20180831223604

その北東およそ40mに在るもう1基の高さの残るマウンドです。
C南西より_convert_20180831223723

そのすぐ東に並ぶ小マウンドです。
B北東より_(2)_convert_20180831223648

1基目の東に40m程離れてるマウンドです。
D北より_convert_20180831223828

1基目の南南東に在るマウンドです。
E南より_convert_20180831223856
ちなみにこのエリアでは保存区域のすぐ南にあった31号墳で首を落とされた馬犠牲土壙が発見されてます。
続きます。

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Re: 佐倉市第三工業団地遺跡群について

閲覧者A様、コメント頂きありがとうございます。
自分も池向遺跡の古墳の記述だけでも同一書内で遺跡としての通し番号の古墳と旧野中〇号墳とでの整合で疑問点が湧きましたし、方形周溝墓や土壙墓ではエリア毎にカウント基準が異なるようなので正確な数など望めないと思ってしまってます。
あえて古墳に的を絞っても
・報告書よりも後に見つかった遺構もあるのか数が増えてる
・仰られるように調査精度・見解の異なる各報告書刊行後の記録のやりとりが不明慮
・保存された遺構については記述も無く調査の有無も不明
で全然綿密な検証とは呼べず新市史掲載の分布図が過去の分布図よりも正確性に優れてると考えられるにとどまってます。でも記述だと何の資料からどうピックアップしたのか整合性の納得は行けてません。
全調査域が立山遺跡レベルで報告され土壙まで分布図で図示されれば、仮に記述の混乱があっても重複部分の推定も出来そうなのですが、場所によっては時間的制約等もあったのかもしれません。

本当は他ジャンルの友人に見つかっても引かれない程度の内容に収めようと思ってるのですが、ブログ関係なく調べるのは面白いですし新しい発見は嬉しいので、機会があればより掘り下げられたらと思います。

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Re: 佐倉市第三工業団地遺跡群について(追伸)

こんばんは、閲覧者A様。
総数に関しては全体図で見ても古墳:200基/土壙墓:100基という数字は概ね間違いないようですが、古墳の数には埋葬施設の確認の無い方形溝遺構や円形溝遺構が多分に含まれてますね。台地の縁の超小型のものは古墳にカウントするのはやや違和感を感じました。
また土壙墓も形式別で3種類に分けてる様ですが、分布を見ると地下式以外は松向作と立山の2遺跡に集中してて、しかも詳細分布図では全く区別はしておらず、細かく隅を突けばまた違う数字も出て来るのかもしれませんが、新市史が出た今から更に掘り下げた調査・擦り合わせは無いのは?と思ってます。

まだここはマシな方かもしれません。某所では地元自治体が調査に加われず、報告書も上がってこないので詳細不明の大遺跡だと嘆いてらっしゃる場所が県内で2カ所ありました。そうなると戦後早い時期の研究家によるソースから推定しかできないので、ガッカリです。
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Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

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