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秦野市金目原古墳群

国立病院機構神奈川病院の北方およそ750mのエリアには5基の円墳から成る金目原古墳群が分布していました。後世に改変されたり、発掘調査の上取り壊され、今は円墳1基と残丘状の1基との2基しか確認できません。

ほぼ唯一の現存と言え、ウエブ上で紹介される時はこの4号墳の画像が使われてます。これは南東より見てます。
kanamebara4se.jpg

北東2号墳の前より遠望。
kanamebara4ne.jpg

近づいて南西より見てます。直径約7.5m、高さ約1.2mの規模ですが東西は耕作のため削られて、南北に細長くなってます。
kanamebara4sw.jpg
墳頂の石碑は何故か行った時にはシートで覆われてます。

西より。残ってる南北面には墳丘サイズに見合わない大きい石が多数見受けられます。
kanamebara4nw.jpg

4号墳の北東約70mに在る2号墳を東より見てます。
kanamebara2e.jpg
奥の畑からは1.7m幅の周溝を持つ直径12.6mの円墳である3号墳とその無袖式の石室が発掘され、中から直刀、耳環、玉類に鉄鏃が出土しました。

西より。中世に積石塚に改変されてるため、東西に長いL字状になってしまってます。
kanamebara2w.jpg
電柱の右奥には1号墳が在りました。住宅建設に伴う発掘調査で1.5m幅の周溝を持つ直径約16mの円墳に南西に開口する両袖式の横穴式石室が検出され、玉類、鉄鏃、須恵器片などが出土してます。2基の発掘状況は市のHPで詳しく紹介されてます。WEB再現 平成22年度桜土手古墳展示館特別展「発掘された秦野の古墳」1号墳に対する3号墳の位置だけ誤植?だと思われます。

西側の石が沢山露出してる部分です。
kanamebara2topa.jpg

東側の一番高くなってる部分です。他の墳丘に倣えば奥に立ってる石が奥壁で、手前に横穴式石室があったのでしょうか・・・、
kanamebara2topb.jpg
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