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陸奥白河小峰城(その1)

白河小峰城は阿武隈川右岸の独立小丘陵を中心に築かれた南北朝時代の城を1632年に丹羽長重が改修して今の形にさせた平山城です。

JR白河駅は半分くらいが小峰城の三の丸城内に当たり、城山公園がホームの目の前で三重櫓も良く見えます。 昨年東日本大震災で崩落した石垣の復旧工事が終わったとの事で行ってみました。実際は城山公園主要部崩壊部分の復旧が終わっただけで、整備は続いています。

JR白河駅沿いの三の門跡付近の無料駐車場から公園に入る横に設置されてる国指定史跡小峰城跡の解説板です。
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二の丸の入口だった太鼓門の跡より二の丸跡を見ています。復旧工事中は真っ直ぐ作業車通路が設定されていたので、撤去後の芝生がまだ養生中でした。
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二の丸の北寄り、各門から来た人が集まる辺りに「東日本大震災からの復旧」という復旧工事の概要を紹介する説明板が設置されてます。
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工事を担当した鹿島建設HPや文化遺産の世界の特集ページがとても詳しいです。「白河小峰城 被災」で検索すると両サイトがトップで出て来ます。

本丸正面口の清水門跡です。正面の石垣が崩壊した様子を見た驚きは熊本城の比ではなく、東北地方の石垣積みの城郭への絶望感が今でも忘れられません。
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熊本城は現存建築が大破した事の方がショックでしたし、明治以降整備した石垣が江戸時代のままのものよりも崩れた前例は他にも有ったので・・・。(復元建築の石垣が軒並み崩れたのは保護のために石垣に荷重が掛からなくし過ぎたための気がします)

清水門脇の内堀です。
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復旧成った本丸南面全景です。上にいる人物との比べると高さなどが分かります。崩落した石はコケやカビが落ちて綺麗になってるのですぐ判ります。更にどうしても交換が必要だった石は白くて見分けがつきます。
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場内あちらこちらで見られる小峰城独特の弧を描く様な積み方も完全に復元されていて、ちょっと感動モノです。

本丸最後の護りの前御門横に広がる竹之丸跡より門や三重櫓を見ています。
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解説板が設置されてます。
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前御門を潜って本丸へ入ります。
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本丸跡です。前御門すぐ横の本丸東端より見ています。芝生は御殿跡で、西から北にかけては高くなって城外からは見えない構造になってます。独立丘陵を削って築いたと思われ、丘陵は公園外三の丸まで続いています。
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上段には富士見櫓、月見櫓などが建ってましたが、丹羽長重公築城址の碑やトッド博士の皆既日食観測地跡ともどもまだ立入禁止解除が遅くなってました。現在は規制解除されてます。

本丸御殿跡についての解説板のアップです。
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本丸上段東端に建つ復元三重櫓です。往時は御三階櫓と呼ばれていた実質天守です。
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上に行くと二間づつ逓減(小さくなる)する造りが、この角度だと良く解ります。

解説板では跡として紹介されてます。復元や櫓に関してなどは櫓内で解説を見るようになってます。
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本丸からの帰りは南西口の桜之門跡より下るとすぐ横は帯曲輪門跡ですが、震災で耐えた石垣が孕んで来ていて、立入禁止になってます。帯曲輪のバラ園も再開はまだまだのようです。
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崩れた石垣の修繕は終わっても、まだまだやらなければならない事がいっぱいです。

二の丸西側元太鼓門と会津門の間に資料館の白河集古苑が建てられてます。その入り口前に大手門の礎石が移設されてます。
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解説板もすぐ横で、発掘の状況や元の位置も図示されてます。
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大手門跡は駅の南側で三の門跡から、この城門のような歩行者用ガードを抜けて少し歩いた場所です。
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大手門跡を南より見てます。奥の道を左に進むと駅南口がすぐです。観光案内所では聞かれる事もないのか誰も知らないようでしたが、この通りにお住まいの方が教えてくれました。礎石の有った櫓門の跡がちゃんと表示されてます。
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先ほどのガードは電車で来た人の来城通路でもあり、復元図のほか城についてや震災についてなど、いろいろな解説が読める様になってます。
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また駅の南口広場には発掘された道場門の跡も現状保存されてます。後方は駅のホーム越しに本丸石垣です。
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枡形内の櫓門跡です。
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その脇に設置されてる解説板です。
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続きます。
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