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伊勢原市登尾山古墳 上原田古墳群

伊勢原市南西部、長福寺背後の塔の山から南東に延びる尾根の上で昭和35年、農道工事中に石室が発見され豊富な遺物が出土した事で有名な登尾山古墳が在ります。

急遽発掘され中から装飾大刀、金銅装の馬具一式、蓋付銅鋺、銅製の五獣形鏡に須恵器、土師器などが出土し、周辺からは円筒埴輪や家形埴輪も出ました。現在遺物は所有者の比々多神社横に建てられてる三ノ宮郷土博物館に展示されてます(撮影禁止)。遺物の一部は伊勢原市比々多神社のHPで見られます。

福昌院裏の南北に抜ける道から農道に入って登って行くと農道が途中で急に軽自動車でも通れないほどに細くなります。この上に横穴式石室が在ります。
toonoyamae.jpg
高さを感じられますが右側は農地の為に削られてるのでこれが墳丘とは言えません。

上がると左手に石碑が建っていて、その横に奥壁を手前にして石室が見えます。
toonoyamasekihi.jpg

羨道より見てます。南東向きの半地下式の両袖式横穴式石室ですが、石は動いてますし堆積した落ち葉や土もそのままで、玄室以外は見え辛いです。奥の方は案内して頂いた地元農家の方です。
toonoyamasendouyori.jpg
実測図を頼れば、左側手前の木から二本目までが前室で、その奥が玄室です。

前室より奥壁を見てます。玄室の半分程度は農道にする予定でした。その分細くなった道を永年人や動物往来してたので奥壁の石が動いてしまったのか、発見時の実測図と並びが違ってる様です。
toonoyamaokuheki.jpg

左壁側より見てます。右壁側は木が並んで生えてて、このままだと根っこで更に破壊されそうです。
toonoyamasahekiyori.jpg

右壁側より。石碑の手前が玄門になりますが、石碑の土台に石材が抜かれて流用されてる様に見えます。
toonoyamauhekiyori.jpg
遺物などから6世紀後半~7世紀の築造の直径約20mの円墳と推定されてますが、墳形は確定してはいません。

登尾山古墳の北北西およそ300m、同じ塔の山東側中腹には上原田古墳群が分布してます。東より見てます。
kamiharada1e.jpg

北より同じ墳丘の頂部です。詳細な情報が無く、規模も基数も詳細不明でしたが、明瞭に墳丘と判る場所は1基のみでした。
kamiharada1n.jpg

北側登山道のカーブの近くに在る低い高まりです。川原石が露出してますが古墳かどうかは不明です。
kamiharada2n.jpg

傍らには陸軍西野松三郎上等兵が勲八等功七級を授与した事を称える記念碑が建ってます。
kamiharadanisinohi.jpg
勲等・功級では最も低い位の賞みたいですが、受け取れた年金の額が地域では破格で誉高かったのでしょうか・・・。
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