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小山市喜沢古墳群

喜沢古墳群は思川左岸の小山ゴルフクラブ周辺に分布してる古墳群の総称で、戦前に旧桑村内で振られた番号のまま呼ばれる桑57号墳周囲の5基は「小山ゴルフクラブ内古墳群」と別称され市の指定史跡になるなど、ちょっとややこしい事になってます。

県道18号線が小山ゴルフクラブの中を通ってますが、正面駐車場入口からおよそ400m北へ進むと道路から桑57号墳の墳丘と看板が見えます。プレイヤーは下のトンネルを行き来しますが、県道からもアクセス出来る様に県道の歩道側にも入口が開けられてます。
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墳丘を北東より見てます。木が2本生えてる部分が大きく削られたり崩れてしまった部分で復旧の際に植樹されたものと思われます。

北東側に設置されてる古墳群についての解説板です。こちらでは帆立貝型前方後円墳1基に円墳4基とされてますが、飯塚古墳群Ⅲ‐遺構編‐などの調査報告書では1基を方墳としています。
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杉の木を挟んで北側には史跡碑が建ってます。古墳である事を知らされなかったゴルフ場はこれを削平しようと重機でこの背後を墳頂の一部まで削ってしまったそうです。しかし市から指摘を受けた後は費用全額負担など、全面的に調査に協力して下さいました。
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天冠・直刀・蛇行剣・銅鈴・仿製鏡などが出土し、墳頂と裾部外側に埴輪列が検出されてます。

史跡碑の隣には桑57号墳の概要説明板が並んでます。出土品など詳細は下の方でリンクしてる報告書に詳しいです。
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埋葬者は出土した歯牙から壮年期の女性1名と鑑定されています。

南西より見てます。南南西向きの全長35m、高さ4.7mの帆立貝型前方後円墳とされ、右端が前方部なのですが饅頭形に均されて復旧されたため前方部は見て取れません。
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葺石を施した円墳に裾から離れた円筒埴輪列が有り、それを埋める様に後から葺石の無い小さい基壇が造られており、実質前方後円墳とするより造り出し付き円墳とすべき形態でした。平面形はまさに帆立貝なんですが・・・。

一応前方部付近から後円部墳頂を見てます。中央やや左側約1.3m下に木棺直葬と推定される土壙が有り、四角く囲む様に埴輪が並べられてました。墳頂には円筒埴輪に混ざって器材埴輪や形象埴輪も見つかってます。
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しかし、中央やや手前側は昭和19年に陸軍が弾火薬庫にするため墳丘を切り崩した為(その際直刀出土)土壙は途中で切れていて、墳丘南東部は戦後崩壊し、後のゴルフ場による削平工事へと繋がりました。

カート用通路を挟んで北西側に並ぶ桑41号墳を南東より見てます。直径約20m、高さ約1.5mの円墳です。
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小山ゴルフクラブ内古墳群内の円墳は全てに於いて葺石が確認されてます。

カート用通路から県道を潜って東側へ行くと右手に桑58号墳が見えてきます。直径約30m、高さ約4mの円墳ですが、57号墳同様に帆立貝型前方後円墳の可能性も残ります。
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桑57号墳発掘調査報告書
日光道西・東原遺跡発掘調査報告書では桑59号墳とされてる直径約20m、高さ約2mの円墳と言われるマウンドを南西から見たところですが、報告書では一辺約18m、高さ約3mの方墳で60号墳は鉄塔の北東とされてます。訪れて近寄った方々はこれを60号墳とし、58号墳との間の藪の中に59号墳が在るとされてます。
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ラウンド終了後の時間帯にお邪魔して通路から見た限りでは間の墳丘は見えませんでしたが、藪の中にも1基在るならば鉄塔の北東の1基も入れて6基の墳丘が残る事になります。

小山ゴルフクラブ入口から県道をおよそ110m南へ進むと左手に在る桑39号墳です。直径約15mの円墳ですが、保存状況は悪く僅かな高まりとなってます。
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39号墳から南西におよそ380m離れたゴルフ場敷地内に残る55号墳を北東より見てます。全長約60m、高さ約4mの北東向きの前方後円墳です。離れているので小山ゴルフクラブ内古墳群には含まれません。
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訪問日は他の4基を夕方遅くなってから回った後だったので高さの有る墳丘は見えても撮影すると藪で斜面の一部しか写りませんでした。
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