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行田市埼玉古墳群(その4)

将軍山古墳の周溝西側にボッチ山古墳が在ります。二子山古墳東側の市道入口にもこんな道標が・・・。
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ボッチ山古墳を南より見てます。小円墳群調査時点でもここは農地だったので実測されず、現状直径約7~8mで高さはあまり残っていませんが最初の遺跡指定範囲にも含められ、官報の告知の分布図でもしっかり記されてます。
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ウィキペディアでは埼玉3号墳とされてますが、3号墳の南東およそ120mで、画像左側の植樹の反対側に埼玉6号墳が在りました。

北東より見てます。世界遺産を目指す整備に伴う調査でトレンチを2ヶ所設定したそうです。規模からも円墳で間違い無いと思われますが、全容は調査されておらず位置が確定したのみの様です。
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パイロンは埋め戻し場所の保護のためでしょうか?右奥、芝生の端辺りが埼玉7号墳址で、左手の駐車場には無名の円墳が在りました。

公園の中央に位置し、県内最大の前方後円墳である二子山古墳を北より見てます。ガイドさんは全長165mの関東最大の前方後円墳ですとか言っちゃってますが・・・良いのでしょうか?
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周堤(中堤)は手前に来てましたが、道路にかかるので丸く曲げて再現されています。

東面を真横から見てます。墳長132.2m、高さ13.7mの規模です。稲荷山古墳に対して、向きもほぼ同じで平面形は一割強大きい相似形ですが、左側前方部の方が後円部よりも2m程高くなってます。
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内堀は昭和中期になって水濠化されましたが中央くびれ部で墳丘崩壊が発生し、埋め戻されました。

南西より見てます。ここだけ整備で盛り直されたのではないオリジナルの中堤盛土が残っています。保護のため植樹して遊歩道を迂回させてます(画像右端付近)。
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ここも西側くびれ部(右奥)と中堤(手前)に造出しが有ります。くびれ部の方は2段に築かれていて埴輪片や須恵器・土師器などが出土してます。昨冬と去年に発掘調査と現地説明会が行われ、ぺんの古墳探訪記さんと関東の古墳&史跡探訪さんが報告されてます。
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撮影位置背後では天祥寺裏古墳の周溝の一部が検出されてますが、全体的ではないので、規模・墳形とも意見が分かれてます。

外堀西側に設置されてる解説板です。外堀が造出しを避けて湾曲して推定されてますが、実際は直線状で、造出し付近だけ出っ張っていた可能性も有るそうです。
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博物館などで売られてるガイドブックさきたまでは改訂前のものでも既にそちらの説で図解していて、方形造出しと周溝の稲荷山→台形にした二子山→周溝を略した将軍山、という変遷として解説されてます。

二子山古墳の西に並ぶ天祥寺南側に在る愛宕山古墳を南東より見てて、右が後円部で左が前方部になります。
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全長54.7m、高さ3.7mで前方部と後円部はほぼ同じ高さの、前方後円墳群の中では最も小さい規模です。

反対側北西より見てます。墳丘西側は範囲調査もされておらず、他の墳丘の様な造出しは未確認となってます。
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稲荷山古墳と将軍山古墳の中間の方位を向いてます。

個別の解説板です。円筒埴輪に人物埴輪、須恵器片が出土しており、6世紀中盤から後半にかけての時期の築造と推定されています。
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かつては墳丘上に愛宕山神社が鎮座していて、現在も前方部上には石仏が並んでいます。

続きます。
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