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行田市埼玉古墳群(その5)

今度は県道77号線南側に保存されてる墳丘を周ります。
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二子山古墳の南西およそ100mに在る瓦塚古墳を南より見てます。主に墳丘の東側などが1/4~5ほど削られてドレッシングの容器状でしたが復元されてます。
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前方部端は剣菱形と呼ばれる中央がやや突き出た形になってて、西側半分がここからは見えてません。

南東より見てて右が後円部で、左が前方部になります。墳長73.4m、高さ4.8mの規模で稲荷山古墳と同じ向きです。
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ここも前方部と後円部がほぼ同じ高さになってます。

反対側の西より見てます。こちら側にはやはり造出しなどの施設が有って、見学し易い様に整備されてます。
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左端後円部北端は史跡指定地外のため復元されておらず、逆に削られてる様に見えます。

各部位に名称表示されてて(北以外三面)、中央がブリッジ、その右が外堀、ブリッジの奥が中堤で、その奥は内堀と彫られてます。
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造出しも再現されてますが名称表示の石は草陰に埋もれて見えてません。撮影場所付近で形象埴輪がまとまって多数出土しており、祭事の場としてそれらの配置が考証されてます。
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それら遺物などから6世紀中頃の築造と推定されています。

墳丘南西と北西両方に解説板が設置されてます。
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瓦塚古墳の南東およそ100mに在る鉄砲山古墳を南より見てます。墳長107.6m、高さ9.5mで稲荷山古墳よりもやや南北向きで築かれてます。忍藩の砲術演習所だった事でこの名で呼ばれますが、御風呂山古墳とも呼ばれました。
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南・東側は二重の、西側には三重の周溝が検出されており、前方部側の広い台形だと推定されてます。

東より見てます。浅間塚古墳北側の浅間神社と明治神社の間を抜けて来るとここに出ます。
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後円部左側白い杭の近くに横穴式石室が有り、羨道部分のみ発掘されて、利根川の角閃石安山岩を加工して積み上げた上に長瀞付近から持ってきた天井石を載せていた事が判明してます。石室前の周溝からは土師器高坏が多数出土してます。

西より見てます。後円部西側は県道沿いの石屋さんの私有地で墓石や庭石などが置かれてます。 
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くびれ部西側の造出しです。中堤北西隅にも造出しが有り、外側二重の周溝が外側に折れてます。
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ここは解説板が鉄板に赤い塗装の上印刷されてるので、錆・汚れ・退色でちょっと読み辛くなってます。
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土師器の他にも円筒埴輪・形象埴輪・須恵器甕などが出土しており、6世紀後半の築造と推定されています。

続きます。
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