FC2ブログ

下総本佐倉城見学会(その1)

中世城郭研究会さんの主催で毎年関東の中世城郭址を巡る見学会が、2015年の小机城、2016年の杉山城、昨年の守谷城に続き26日に酒々井町に在る本家千葉氏の本拠地である本佐倉城で開催されました。

集合場所の京成大佐倉駅の横で受付中の模様です。保険料と資料代500円を払います。この後も電車で参加者が来て、総勢53名の見学者数となり、5班に分けて移動する事になりました。
201910261.jpg

城内各所には調査が入った際の写真や侵入路が解り易く図示されてる解説板が設置されてます。
201910260.jpg

城域は広く、北西端の物見址の下を抜けた場所から城北面を眺めてます。中央左、樹木が伐採されてる場所に東山虎口が在り、そこを目指してます。
201910262.jpg
この様に間隔を開けたりルートを変えて説明を各所で聞きながら周ります。

虎口を抜けて城内側より見てます。虎口は狭く、見通せない様に曲がっていて、更に左右上方から狙われる様になってます。
201910263.jpg

虎口外側に設置されてる解説板の写真だと上から見てて把握し易いです。現在は画面左下から短距離で上れる様になってます。
201910263b.jpg

上の画像左上の土塁に上がって、後の班が解説板を見て虎口を通り抜けるのを見下ろしてます。
201910264.jpg
伝わる限りでは、城内にそう多くの兵がいなかったようで、少ない人数でも守り易い工夫がとても良く解ります。

続く東山の稜線上から筑波山を望んでます。印旛沼は干拓され現在は北東と南西に分かれていて、城の北では水路で繋がれてるのですが、前日の大雨で元の汀線付近まで冠水し干拓前の様相を呈してました。
201910265.jpg

普段はこんな感じで水は見えません。
201910265b.jpg

虎口の内側に戻って左手の東山馬場から右奥の倉跡へと続く雛壇状の途中を見てます。左手上方は主廓である城山と呼ばれる曲輪です。
201910266.jpg
雰囲気を盛り上げるために矢盾が並べられて、色褪せてたのを新しくされてますが、風雨でなぎ倒されてるものも。

矢盾の後を抜けて城山沿いの堀底道を上ります。右手Ⅳ郭側の縁には柵ではなく塀が建ってた事が判明してます。
201910267.jpg

図示されると良く解ります。
201910267b.jpg

奥ノ山にぶつかり、左90度曲がって、城山と奥ノ山間の堀切と施設の説明を引率の西村さんがしてくれてます。
201910268.jpg

往時には坂の頂点は木戸で塞がれ、頭上を木橋が渡ってました。
201910268b.jpg

堀切を抜け城山沿いに更に左周りで進むと、主廓の虎口に続きます。
201910268b2.jpg

城山虎口です。手前と左に折れた先に門が建ち、その間は正面と左右からの攻撃に晒される枡形になってます。
201910269.jpg

虎口の解説板です。ここを含め3ヶ所の出入り口が有ります。
201910268b3.jpg

主廓内と土塁です。土塁の奥は先程の矢盾が並んでた場所です。
201910269a.jpg

主廓は発掘されており、主殿や来客をもてなす会所、茶室、庭園の跡に護りの矢倉跡が見つかってます。
201910269a1.jpg

城山南東の隅櫓の跡で、この右横に腰曲輪と言うテラス状の細長い防御ラインへ通じる小さい虎口が枡形になってる跡も見られました。
201910269b.jpg
今は下草が伸びてまだ枯れてませんが、主廓の発掘成果はこの様にプレートで位置表示がされてます。

木橋の址を主廓側より見てます。
201910269a2.jpg

続きます。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

あんけん

Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
アクセスカウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR