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大洗町第3回埋蔵文化財企画展「常陸鏡塚」

大洗町の磯浜古墳群の3墳丘が先月国指定史跡の答申を受けたタイミングで、旧大貫小学校「昔を知る学び舎」に於いて土日祝日限定ながら一か月間限定で、昭和24年国學院教授大場磐雄博士によって発掘・調査された常陸鏡塚古墳の粘土槨が80%大の大きさに復元されて公開されてました。
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昨年と同様最終日は文化センターで講演会があり、その後で来られるように展示時間を2時間延長されました、

向きは教室に合わせられてますが、これは実物でいう北北西側から見た全体の様子です。中に崩れ落ちた粘土を除去した状態での再現です。
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実物は今も墳丘内に残され、残存外寸L約8.95m×W約3.5m、同内寸L約7.85m×W約1mの規模です。

これは反対側より見てます。南端は後円部の削平とともに削られていて、その際朱が出たとも伝わってます。
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断面を見ると、粘土槨でよく見られる半円状ではなくU時形になっており、棺床粘土の下からも朱が検出されてます。

これは四つの区画に分けて一番南側である第四区画の主が埋葬されたと考えられる位置です。
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こちらは第二・第三区画に跨る位置でもう一人埋葬されていた可能性の有る場所です。推定埋葬位置頭部付近で立花が出土しました。
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こちら側は石釧の間隔が狭く、成人ではない可能性が有ります。

約4170点の遺物の一部は実物大でスチレンボードを切り抜いて再現されてます。が、よく見ると・・・
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その中に実物が混ぜて展示されてます。まさか蓋も何も無く置かれてるとは思わず混雑時など気付かずに帰ってしまった人もいるのでは・・・?
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玉類の周りにはビーズや芳香剤の玉(?)が撒かれる手の入れようでした。

これは第四区画左手側の石釧です。
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これは川原石の上にあった内行花文鏡です。国指定に伴い正式名称は「常陸鏡塚古墳」にする様ですが、発掘時点でそう呼ばれる事は無く、展示最終日開催のシンポジウムでも良く御存じの方々は「日下ヶ塚古墳」と言いかけて言い直すシーンが度々見られました。
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これは第一区画で見つかった直刀です。これに続くと思われる切先・茎残片が國學院の博物館に収蔵されてるそうです。
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教室の端には椅子が並べられ、有限会社三井考測によって作成された3D実測図面やドローンで上空から撮影した動画などが上映されてました。
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詳細について、一部誤認が確認され(ガラス小玉)たため近々正式に訂正が発表されるそうですが、國學院大學学術フロンティア構想 大場磐雄博士資料目録常陸鏡塚古墳編に詳しいです。
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