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大田原市小船渡古墳群

侍塚古墳群の北およそ2.6km、同じく那珂川を東に見下ろす段丘上に前方後円墳と円墳の2基から成る小船渡古墳群が在り両者とも市の史跡指定を受け保存されてます。

道端に在る二ッ室塚古墳を西より見てます。前方部は大きく削られており、元々は道路の手前にかけて墳丘が続いてました。
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なので後円部石室の覆屋が斜め奥を向いて見えますが、実際は主軸線に直交する向きになってます。

改変の少ない東面を観音塚古墳の南より真横から見てます。北西向きで全長約47m、高さ約4.5mの規模です。
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後円部南西向きに横穴式石室が開口してました。その為わずかな鉄鏃以外は持ち去られてました。河原石小口積みの側壁は東日本大震災で崩れ、修復後玄室部分は余震等に備え土嚢を詰めたままにされてます。
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Oh!大田原の紹介ページでは復元されて見学出来ると書かれてたので期待して行ってみたのですが・・・。

羨道の右手には外された天井石が無造作に置かれてます。
kofunatofutatumurosekizai.jpg

後円部より前方部を見てます。斜めに削られてますが、その奥から幅約6m、深さ約70cmの周溝が確認されてます。
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前方部で180度振り返って後円部を見てます。後円部が前方部よりも高く、前方部が削られてる様に見えなかったので、発掘前は古式の前方後円墳と考えられてました。
kofunatofutatumuroftor.jpg
後円部からだけ葺石が確認され、先に円墳として築かれ前方部を増築したものと考えられてます。

その前方部には未盗掘の横穴式石室が発見され、刀・刀子・金具・鉄環・鉄鏃といった多くの副葬品が出土しました。
kofunatofutatumurofsekisitutenjou.jpg
石室は開口部がほぼ塞がり、天井石の隙間から封土が落ち込んでる状態です。

わずかに見える開口部隙間から覗いて見ても中は土砂でいっぱいで、若干奥が広いかと思える程度です。
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前方部を削った際に羨道部を破壊してると思われますが、玄室を荒らさなかったのでしょうか?

後円部西側に設置されてる解説板です。遺物などから6世紀後半から7世紀初頭にかけて前方後円墳化されたものと推定されてます。
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ここでは触れられてませんがくびれ部から前方部西面を削って小鍛冶が営まれており、建物跡から鉄滓・古銭・陶器片などが出土してます。

前方部北側から北東に入ると目の前に観音塚古墳が見えてます。直径約40m、高さ約6mの二段築成の円墳です。
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南南東より見てます。基壇には6世紀後半のものと思われる円筒埴輪列が見つかってます。
kofunatokannonsse.jpg
段丘の端に築かれ、東面直下からは水が湧き出て那珂川へと流れる沢ができてます。

その裾部付近にやや南東側向きのこんな窪みが有って、主体部の可能性が考えられてますが未調査です。
kofunatokannonkubomi.jpg

ただ墳頂平坦面にも石碑ではない立石が有ります。とは言え墳頂では鶏形埴輪が出土してると伝わるのでこの上に主体部を覆う高さは無かったと考えるべきでしょうか。
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