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高崎市倉賀野正六古墳群(その1)

佐野古墳群の東側、JR高崎線と上信越新幹線に挟まれたエリアは倉賀野古墳群とか正六古墳群と呼ばれ、かつては多数の古墳が在りました。現在粕沢川を挟んで前方後円墳3基と円墳3基がその中心付近に残されますが、公式には川を境に別の複合遺跡とされ相互に関連するものとされてます。

JR高崎線倉賀野駅から旧中山道である県道121号線に出て西へ600m弱進み、倉賀野神社の大きな案内看板で左折、美容室前の変則丁字路にぶつかったら右へ曲がって道なりに進むと大鶴巻古墳が見えて来ます。
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周囲には幅約20m~35mの周溝が水田・畑になって良く残るのですが、買い上げられたのか夏場なのに農耕されてるのは前方部下壇上だけした。
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南西より真横から見てます。墳長123m、高さ10.5mの南東向きの大きな前方後円墳です。
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2段築成とされてますが、他の方々が口を揃える様に後円部は3段に築かれてる様に見えます。

国指定史跡となっており、後円部南西側周溝の外に史跡碑が立ってます。
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前方部より後円部を見てます。左側南面は耕作で削られてると思われますが、日陰側の北面も3段である様に見えます。
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墳丘上には葺石が各所で露出しているのが見られます。
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後円部の裾で180度振り返って前方部を見てます。前方部上段南側は農耕のため削られて狭まってます。
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現況からもこの先には記録以上に多くの墳丘が在ったハズですが、中世にはこの左奥に広大な倉賀野城が築かれ、その時点で多数失われてると思われます。

後円部墳頂の様子です。直径約20mの平坦面になっていて、未調査ですが竪穴式の主体部が有るものと推定されてます。
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史跡碑横の解説板です。墳形や埴輪片などから築造時期が推定されてますが、現在の市のHPでは更に遡って4世紀後半の築造と推定してます。
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続きます。
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