FC2ブログ

土浦市坂田塙台古墳群(後編)

武者塚古墳の南南西およそ190mに在る8号墳を北東より見てます。発掘調査で墳裾や左手前の農道の下などから円筒埴輪片や須恵器片・土師器片が出土し、2号墳と同時期の5世紀後半の築造と推定されてます。
sakatahanawadai8ne.jpg
農道に面して並んでる木の右から2番目がほぼ墳丘の中心軸線上で、右側(西側)は土取りで特に大きく削られてます。

北西より見てます。現状南北約18m、東西約12m、高さ6.2mの長方形の墳丘ですが、調査の結果元は直径約30mの円墳で、各幅4m以上の二重の周溝を含めた直径は約55mに達します。
sakatahanawadai8nw.jpg
この左手、東に50mほど離れた農道下で直径約10mの墳丘と想定される円墳の14号墳が見つかり、こことよく似た円筒埴輪が出土してます。

墳頂の様子です。1/3程まで西から削られていて、更に現平坦面西側に水槽が設けられて、墳頂より数十cm四角く掘られてしまってます。
sakatahanawadai8top.jpg
大正時代に筑波鉄道敷設の為の土取りで大きく削った際に石棺材と思われる板石が出たそうで、調査でも筑波山周辺産と思われる雲母片岩の小片が出土してます。

8号墳から75mほど西に離れてる9号墳を東より見てます。私有地の境の奥まった場所に在り農家の方に声がけして藪に入って見てます。
sakatahanawadai9e.jpg

墳丘脇の小屋を周って北から見てます。直径約20m、高さ3.5mの円墳で、群中でも残りが良いとされてます。
sakatahanawadai9nw.jpg

開けたお庭風の場所を挟んで9号墳の北西40mほどに在る10号墳を南東より見てます。
sakatahanawadai10ne.jpg

北東より見てます。右手から上がってくる坂を掘った際の土を盛ったらしく西側は緩やかに長い斜面で続きますが、古墳としては直径16.5m、高さ2.5mの円墳です。
sakatahanawadai10n.jpg

墳頂を西より見てます。武者塚古墳を発見された方の先祖代々の墓域となっていて、中央の丸顔の石仏は40年以上前に亡くなられたご主人を偲んで所有者の女性自らが彫られたものだそうです。
sakatahanawadai10tope.jpg

その背後には歴代の先祖様を祀る石塔が並びます。台地上下に今でも広い土地を所有されてて、なかなか管理が行き届けないとの事でした。
sakatahanawadai10topw.jpg
武者塚古墳の発見時の事などいろいろなお話も聞かせて頂きました。

成就寺の南南東およそ150mに在って、峯台館の土塁に取り込まれてる11号墳を北東側前方部の横より見てます。
sakatahanawadai11nw.jpg
坂田塙台古墳群としては現存する西端の墳丘になります。

南より真横から見てます。全長28m、高さ4mの南東向きの前方後円墳です。左が後円部で右は墳丘よりも高い土塁にと繋がっている前方部です。
sakatahanawadai11s.jpg
後円部から左手前にも土塁が続き、周囲に円墳しか造られてない事から円墳+土塁とする考えも有ります。ここでも予算が・・・と1号墳と同じ事を筑波大に言われてるそうです。

前方部より後円部を見てます。かつて右奥の明るい場所に12、13号墳が並んで在りましたが道路拡幅で消滅し墳形も不明とされてます。
sakatahanawadai11ftor.jpg

後円部で180度振り返って前方部を見てます。峯台館の土塁が接続して左右の奥へと続いています。
sakatahanawadai11rtof.jpg
訪問時は全く見られませんでしたが、埴輪片が採集されてて、6世紀中頃までの築造と推定されてます。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

あんけん

Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
アクセスカウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR