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つくば市臼井古墳群(後編)

県道139号線の西側にも2基が残り、かつては前方後円墳1基、円墳1基、湮滅数基から成る諏訪山古墳群と区別されてました。

金堀塚から西へ進み県道139号線を北に100m進み、再度西へ折れると左手に小さなマウンドが見えて来ます。つくば市桜歴史民俗資料館の方がここも名称を確認して下さりました。有難う御座います。

これが赤塚で周囲の字名にもなってます。筑波町史の直径約7m、高さ約2mの円墳がこれだと思われます。
usuiakatukane.jpg
北東側にかけては草を刈って墳丘も少し削ってる様です。

北西より見てます。西から南にかけては笹藪のお陰であまり削られていない様に見えます。
usuiakatukanw.jpg
現在はこのマウンドを排除して円墳3基の臼井古墳群と纏められてます。

墳裾に置かれたスコップの下に怪しい石材らしきものが見えます。
usuiakatukasekizai.jpg

そのまま鳩舎の西へ移動するとすぐ南側に諏訪山古墳が見えて来ます。筑波町史で言う全長45m、高さ5mの前方後円墳がこれを指すと思われますが、現在は径約20mの後円部のみが残る様で、円墳とされても違和感はありません。
usuisuwayaman.jpg

東より見てます。前方後円墳なら手前に前方部が続いていた様に見えます。
usuisuwayamae.jpg

葺石が施されたと思われ、あちこちに露出してます。
usuisuwayamafukiisi.jpg

墳頂には石祠が祀られてます。その基壇の石積みですが、周囲の畑にもたくさん使われているので古墳由来かどうかは不明です。
usuisuwayamatop.jpg

ただ墓地で削られてる上段南面に露出してる石だけは門状に見えて主体部の可能性を疑わずにはいられません。
usuisuwayamaminamimimen.jpg
かつて南西側の水路近くにももう1基あったそうで、そちらが前方後円墳だったなら赤塚を古墳とせずに円墳3基現存とするのも納得なのですが、残念ながら現状痕跡は無く、古い航空写真でも高さまで測れるようなマウンドは見当たりません。

まさかここのデータの前方後円墳が金堀塚との混同は無いと思いますが・・・?
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