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横浜市冨塚古墳

JR戸塚駅西口から国道1号線ワンマン道路に出て南に進みおよそ800m、右に曲がる大きなカーブの戸塚町交差点の内側に冨塚(とみづか)神社が鎮座してます。
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階段の上の社殿の裏山が冨塚古墳で、鳥居の横の由緒書きでも触れられてます。
tomitukajinjayuisho.jpg

階段上の拝殿です。左手に階段が見えますが、墳丘へは右手の山道を登って行きます。
tomitukajinja.jpg

墳丘北側は冨塚八幡緑地となってて社務所裏から登る遊歩道が設けられてます。その遊歩道より墳丘を北東側の真横から見てます。ちなみに境界の柵で遊歩道と神社境内や墳丘は隔てられ、下記の冨塚之碑などは見られません。
tomitukae.jpg
全長約32m、高さ約4mの南東向きの帆立貝形前方後円墳で、右が後円部で左が前方部です。

後円部を北西より見てます。右手西側は旧状が残りますが、遊歩道側の東側は直線状に削られてます。
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拝殿横から登って行くと前方部の反対側、墳丘南側に辿り着き、ちょうどくびれ部の後円部側にこの冨塚之碑が在ります。
tomitukanohi.jpg
落書きをした不届き者がいたらしく、左側のラミネートには天罰が下る旨書かれてます。

小さい前方部より後円部を見てます。裏山の頂部になり、近隣の柏尾川左岸の丘陵上にもいくつかの古墳が群を成してたそうですがここだけ残して消滅してます。
tomitukaftor.jpg

後円部で180度振り返って前方部を見てます。横浜市教育委員会では前方部が長さだけでなく幅も小さい事から帆立貝形とも異なるとし、似た墳形として綱島古墳を挙げてます。
tomitukartof.jpg

後円部墳頂の様子です。富属彦命(とつぎひこのみこと)の墓陵との伝承からここが冨塚と呼ばれ、「戸塚」の地名の由来にもなったとされます。
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聖域となってるため測量調査のみ行われ遺物も見つかってませんが、墳形から5世紀後半の築造と推定されてます。
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