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市原市下野寺谷(てらやつ)古墳群(その1)

京成千原線ちはら台駅の南南東およそ2.5km、昨秋竜巻が発生して被害を受けた事でニュースにも出てた本泰寺周辺に分布する前方後円墳3基、方墳1基、円墳10基の古墳群です。他にも規模が小さく墳丘とみなされてはいないマウンドも見られます。撮影は全て被災前です。

南から鳥瞰した周辺図をざっと描いてみました。12・13号墳は後で知ったのでちゃんと見てませんが、県道で半壊の墳丘は記憶にありません・・・。
simonoterayatubunpu.jpg

現在の学園通りの終点、県道21市津消防署入口交差点から150m程東のお寺の入り口からお邪魔すると本堂の手前、右手に本泰寺古墳とも呼ばれる1号墳が見えて来ます。
simonoterayatu1s
南より見てます。南西向きで全長約44m、高さ3.3mの前方後円墳で、樹々に覆われてますが鐘突き堂の下が前方部で、右奥に後円部が続いてます。

前方部上の鐘突き堂の脇から後円部を見てます。後円部は雑木林で真横から見ても肉眼でないと墳形が見えない状況でした。
simonoterayatu1ftor.jpg

後円部で180度振り返って前方部を見てます。鐘突き堂の基礎の為土盛りされて前方部も元よりも高くなってるみたいです。
simonoterayatu1rtof.jpg

前方部脇から北西へ進むと学園通りの延伸予定地に出ます。工事の為9年前に削平された6世紀末~7世紀前半築造の3基の墳丘・跡が未だにそのままになってました。

2号墳跡を南西より見てます。直径20m程度の円墳と考えられてましたが、北西向きの全長28m、高さ2.3mの帆立貝形前方後円墳でくびれ部や周溝に複数の埋葬施設を持つと判明しました。
simonoterayatu2sw.jpg
版築されて削平後も周辺と地面の様子が異なり航空写真でも見て取れますが、古墳としては右端の除去土状の残丘を残すのみです。

同じく3号墳跡を南西より見てます。直径23.7m、高さ3.5mの円墳でした。墳頂の木棺直葬の主体部3ヶ所それぞれより直刀が出土しました。
simonoterayatu3sw.jpg
伊勢塚古墳の様に先端が拡がってはいませんが、南側だけ周溝幅が広くなってました。

半分だけ事業予定地となり半壊となった4号墳を南より見てます。直径21.2m、高さ1.7mの円墳です。
simonoterayatu4s.jpg
須恵器杯が見つかってますが主体部は未発見です。

学園通りと県道21号線合流予定地から戻ってくると本堂の手前左手に直径20m、高さ2mの14号墳が在るはずなのですが、工事予定地との間全体が微高地になっておりよく判りません。
simonoterayatu14se.jpg
墓地のこの高まりが墳丘でしょうか・・・?

続きます。
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