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柏市きつね山古墳群

以前単独墳として取り上げたきつね山古墳ですが、古墳公園化されてるという情報を閲覧者A様より教えて頂き、訪問した時点で近くで石室も見つかって古墳群だった事が判明していた(報告書もまだ未発表で、多分現地の解説板以外で公表はされて無いと思います)との事で早速確認しに行って来ました。

魅力再発見!「かしわ」公園紹介ページで取り上げられてます。

公園化された入口の看板です。正式に決まった名称だと思うのですが、文字だけ何故か仮表示っぽく貼られてました。
kituneyamakouen1.jpg

公園南側入口付近を西より見てます。左手前の舗装された周辺が新発見の2号墳で、その右奥がきつね山古墳と呼ばれているた1号墳です。
kituneyamakouen2.jpg

公園名看板の背後に設置されてる解説板です。現時点で公開されてる全ての情報が詰まってます。
kituneyamakaisetu.jpg

配置図部分を拡大して見てます。パッと見1号墳と逆向きで造出しが有りそうに見えますが、報告書に掲載されるかもしれない実測図で拝見させて頂くと石室東側は後世の撹乱のためもう少し手前で周溝が破壊されてます。
kituneyamahaichizu.jpg
同様に北東面も1号墳のくびれ部にかけて溝が掘られて撹乱されてますのでブリッジ等ではありません。

一見公園入口で自転車等で乗り入れた人へ、車止め柵への注意喚起に見えるオレンジのエリアは、見つかった2号墳の石室が在った場所を表示してます。
kituneyama2sekisituato.jpg
中からは人骨のほか銀象嵌装大刀、鉄鏃、勾玉、ガラス小玉が出土してます。今のところ遺物の公開予定は無いそうですが、郷土資料展示室の常設展示に加えて欲しいですね・・・。

解説板に掲載されてる西から見た両袖型横穴式石室です。軟質砂岩のブロックを積み上げた石室で開口部は南南西を向いていて、羽子板状の形をしています。勿論高さは不明で詳細な寸法も報告書を待たねばなりません。
kituneyama2sekisitu.jpg
実測図には石室が描かれてませんのでこの図と照らし合わせて測ると全長約3.5m、一段低い玄室はL約2.4m×W最大1.3m(奥壁付近)程の広さでしょうか・・・。

墳丘址の北側には円墳をイメージし易い様に築山が築かれており、南面にだけ階段が設けられてます。コロナ禍で遊具の無い公園でも子供が来てるのか北面だけ芝生が剥がれて駆けたり滑ったりした跡が残ってます。
kituneyama2mogi.jpg
公園北側もトレンチが入っていますが古墳は見つかっておらず、1号墳も藪のままな状況ではこういった模擬の築山も良いのではないかと思います。

その頂上より2号墳址を見てます。あくまで実測図から私が勝手に測った限りですが、直径約17.6mの円墳で、周囲には最大幅約2.8mの周溝が全周していたものと思われます。
kituneyama2nne.jpg
右手の生け垣の外と柵の奥の道路下に未確認の墳丘と周溝の一部が続きます。造成中に訪問された怠け者の散歩道さんの画像を拝見すると埋め戻し状態から再度掘り下げられて舗装部分より数十cm低い街灯の基礎が見えてるので、調査部分の周溝も失われたものと思われます。

台地南端のラインに沿って2号墳と平行に並ぶ1号墳(きつね山古墳)を北より見てます。円墳か前方後円墳か不明でしたが鳥居の北側に前方部の、墳丘西側の柵の右側に後円部の周溝が発見され帆立貝形前方後円墳と判明しました。
kituneyama1n.jpg
主役的立場なのにキッチリ事業予定地とは区別され、未発掘なのは兎も角草刈りぐらいはされても罰は当たらないと思うのですが・・・。

解説板より調査中の模様です。2号墳から来る撹乱の溝も見えます。こちらも周溝南側は撹乱されていて途中で途切れて検出されてます。
kituneyama1chousachu.jpg
この写真では見えませんが鳥居のすぐ下にも周溝らしき溝の一部が見つかっており、円墳に前方部を後で付け足した可能性も有ります。

新設された休憩所より見てます。これまた実測図から推定ラインも含めて測ると全長約24mの北北東向きの帆立貝形前方後円墳で、北~西面には幅約1.6mの周溝を持ちます。
kituneyama1w.jpg

前回の記事の画像です。撮影時期的に草刈りされてたのではなく、調査後埋め戻して公園造成工事前の放置状態だったみたいです。笹が刈られて少し見えてる裾部と、発掘中の周溝の位置は合致してる様に見えます。
kituneyamaw.jpg
調査前の地表の高さで埋め戻されてたらしく公園入口の道路とは歩道の有る路肩位の段差で高くなってましたが、とても石室下部がすぐ後ろに埋まっていた様には見えませんでした。

鳥居の下(くびれ部)より後円部を見てます。相変わらず遺物などは全然見えませんが、2号墳が6世紀代の築造と推定できる事から、こちらもそんなに離れない時期に(先行して?)築かれたものと推測できます。
kituneyama1ftor.jpg

後円部で180度振り返って前方部方向を見てます。参道の階段の踊り場付近が造出しと見られてたのかとも思いましたが、実際は鳥居の辺りがくびれ部でした。
kituneyama1rtof.jpg

こちらは事業予定地外として全く手を付けられてないので稲荷社を含め変わりは有りません。
kituneyama1rtop.jpg
ですが初めて夏場に来た時は鳥居の辺りですら深い藪でとても近付けない雰囲気でしたので、お参り・見学はとてもし易くなりました。
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No title

こんばんは、閲覧者A様。
ここでは書けないのですが実測図は違うところで頂きました。発掘担当部署でもなくて規模等をうかがい知れるものがそれしか無いとの事でした。
資料についての追加の詳しい情報も有難うございます!調べる際にダイレクトでとても助かりますので早めに確認に行こうと思います。

ご関心の出土品の方ですが、茨城での遺跡現地説明会などでは最近珍しい発見が多いみたいでネットでの公開も許されなかったりするのですが、割と最近とある現場で出たての黒曜石から高坏、埴輪片など遺物を手に取らせて頂けた事があり、それを目当てにではありませんが行けるだけ参加したりしてます。千葉では殆ど公開される事も無いので羨ましい限りです。

どうぞこれからもよろしくお願いします。
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Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

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