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磐城平(たいら)城本丸跡発掘調査現地説明会(前編)

いわき市いわき駅北口の台地は関ヶ原合戦後に鳥居忠正が転入し築いた平城の跡です。漢字で書くと城郭を分類する際平地に築かれた平城(ひらじろ)と紛らわしいので磐城平城と呼ばれる事も多いです。

斜面のすぐ上が本丸跡で、廃城後民間に払い下げられその大部分は個人の私有地になってましたが、再来年度までに公有化して公園として整備するために6月から発掘調査中です。
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これは調査開始以前に前段階的にイベント開催時のみ敷地内を公開した際の説明・注意書きの看板で、図中の仮藩庁は戊辰戦争後建てられ廃藩置県までの短期間藩政を執った建物でしたが15億円かけて体験学習施設を建てて整備する為に取り壊されてます。
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城郭の現地説明会では全体を把握するためにトレンチ設定状況の入った全体図が配られるものですが、今回配布された資料は一般に流布される文化財ニュース(PDF)だけで部分的写真しか載っておらず、この掲示された上空からの仮藩庁跡の画像を見るのみでした。
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ただ通常の発掘調査では最初に決められたエリア以外は何か発見が有っても続きを都合付けて掘る事は無いのですが、今回は画像の南側で数カ所トレンチが追加されてます。

自分は午後の回の参加で、13時になりまず概要説明を受けてから3班に分かれて遺構や遺物の見学となりました。
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上記の航空写真で撮られていた仮藩庁跡を北西より見てます。ここからは御殿建築礎石や石列、それよりも古い時代の掘立建物の柱穴が検出され、戊辰戦争で撃ち込まれた砲弾や磁器、かわらけなどの遺物が出土したほか、堀跡一ヶ所の便所跡二ヶ所などが見つかってます。
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説明が始まって北東側より見てます。礎石の並びから見つかった建物跡は絵図の様に南向きではなく、40度ほど斜めに南西方向を正面としていた様です。
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研究員の方が立ってるのが幕末の地表で、地山のもう数十cm程下の層との間に焼けた土の層が見つかり、戊辰戦争以前にも火災があったと想定されます。

トレンチ南側の礎石列を近くで見てます。御殿のどの部分かは不明ですが、礎石や瓦の検出状況から建物全てが瓦葺きではなかったと推定されてます。
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石列も礎石の並びと同じ向きのものと東西に並ぶものとが近接してます。もちろん同時期に存在したとは限りません。
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奥に集中して石が敷かれた様な場所が在りますが、これは城に関する遺構ではなく払い下げ後のもので敷かれた上に大きい石のブロックを載せてました。

発掘エリアの北端では建物跡の下から幅2.8m、深さ1.2mの薬研堀が検出されてます。残念ながらこの続きを調べる予定は無いみたいで、新しい建物の基礎工事で壊されなければ詳細は未来に委ねられます。
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堀跡のすぐ脇で見つかった便所跡では埋められた木桶の木材が良く残ってます。
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発掘で突き刺さった状態で出てきた四斤山砲の砲弾は安全のため不発弾処理をされ、刺さっていた穴だけが残ってました。
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続きます。
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