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太田市天神山古墳群(その1)

天神山古墳は古墳好きな人にはお馴染みの東日本では最大規模の前方後円墳で、他の同名古墳と区別するために太田天神山古墳と呼ばれる事が多いです。男体山古墳の別称も有し、かつては九合村69号古墳とも呼ばれてました。東武伊勢崎線太田駅の東南東およそ1kmで女体山古墳や小円墳とで群を形成してますが、何故か古墳群で呼ばれる事は殆ど有りません。

国道122号線石原南交差点から南西に入り、およそ900mの内ヶ島交差点から県道2号線を西に進むと間もなく左手に墳丘が見えて来ます。
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センターラインが妙な曲がり方をしてますが、今日の画像は対象が大き過ぎて合成して繋げた画像ばかりです・・・。

県道沿いより後円部先端を見上げてます。市街地中心部も近く車の交通量も多くて、墳丘のデカさ+車のいない場所で繋いでいるので電線が凄い事になってます。
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後円部北面に県道を向いて史跡碑が建てられてます。昭和16年に国の史跡に指定されてます。
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同様に県道より西側内堀を見てます。最大幅が40m以上有り、墳裾は草刈りされ周溝との間が細く切られてるので離れていても墳形が把握しやすいです。
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画像右手の中堤帯上のアパート新築時に発掘調査が行われ円筒埴輪片が多数出土してます。

そこから左を向くと県道で分断された北側の内堀が長さ約150m、幅約30mの半円状の窪地として残されてます。
ootatenjinnsideshuko.jpg
左手の道路はまんま中堤帯で、中央奥の木立は女体山古墳です。

内堀越しに墳丘を見てます。ここは樹木の伐採等は行われてないので日中に訪れると墳丘上で撮る写真は暗いかコントラストがキツイかなので夕方の訪問にしましたが、お陰で後円部の形状が透けて見て取れます。
ootatenjinn.jpg

内ヶ島交差点に戻って南進し、東武小泉線の跨線橋から側道に入って、線路にぶつかったら右折すると見学者用の無料駐車場が整備されてます。大型バス用も2枠有ります。ただここから直接墳丘にアクセスは出来ません。北東側の住宅街を抜けてくびれ部南東に向かうのがルートになります。(案合図)
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画像右手の周溝より高くなってる空き地が発掘され、外堀が南に向かって徐々に細くなってる事が判明してます。また画像左奥の信号無し十字路の南西側にB号陪塚が推定され、女体山古墳の解説板に掲載されてますがその他の図では見られません。

ぐるっと回ってくびれ部南東側見学者用トイレ付近より真横から見てます。5世紀中頃に築かれたと推定される3段築成で墳長210m、高さ16.8mの南西を向いた前方後円墳で、畦道の右側が後円部で左側が前方部です。この外側に盾形の内堀・中堤帯と、前方部隅で幅が狭まる変則的形状の外堀を有します。
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二重の周溝も含めた全長は364mに達し、最大幅も288mになります。東日本では最大規模で、畿内以外でもベスト3に入りますが、畿内にはここよりも大きい墳丘が23基も在ります。

内堀を渡ると墳形上部も3段の様子も見えて来ます。以前はこの辺に江戸時代に掘りだされた組合式長持形石棺の一部が転げ落ちたままになってましたが現在は埋め戻されてます。市の「天神山古墳・女体山古墳リーフレット(PDF)」には突起の見える写真が掲載されてます。
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その左手、くびれ部に設置されてる解説板です。墳丘と内堀は良く残されてますが、中堤帯外縁と外堀の痕跡は殆ど残っていません。
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B号陪塚は描かれていません。

続きます。
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Author:あんけん
多趣味で統一性のないアラフィフです。

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