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常陸真壁城令和2年度現地説明会(前編)

コロナ禍が再燃する中お天気も予報よりも悪く回復する見込みの無い状況でしたが今年も真壁城中城(なかじょう)庭園跡の発掘が続けられ現地説明会が行われました。
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オレンジに見える土塁の復元も引き続き行われてました。

今年度はコロナ対策で三密を避ける為に事前応募制となり、午前中は市内の方、午後は市外の方と分けられました。
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開始の挨拶も密集を避ける為に受付時点で3班に分かれて、散った状態で解説スタートのタイミングの為に行われました。

自分も振り分けられていたA地点は昨年の園路の入り口側の発掘エリアです。掘った土を主殿跡に物見台状に盛り、そこから見てますが今年の発掘部分は中央の3トレンチで右側の開いてるトレンチは昨年度部分です。
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奥の駐車場が二の丸で、その奥の体育館が本丸に当たります。

当該部分を図面のアップで。二の丸から中城へ渡って来た外城へと推定される城道から、小土塁と堀状溝を迂回させてから3っつに分岐する園路の流れが判ってきました。
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A地点の解説は稲敷市の教育委員会にお勤めされて退職後から応援でいらしてる川村氏です。
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主郭寄りのトレンチでは突き固められた土塁基部が見つかり、川村氏の後方にはまだ掘られてませんが昨年掘られた堀状遺構の続きが検出されてます。
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曲輪の城内側なので続きを調べないと正確には検証出来ませんが、城道から単に庭園側の防御のためのモノか、蔀土塁的な目隠し目的で築かれたのか・・・。

真ん中のトレンチはクランクしていた昨年度公開の園路と、側溝的な溝の続きが検出されてますが城道へはまだ繋がっていません。
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雨天だったので粘土とそこから滲み出た白く濁った水が目立ちます。北へ下がる緩斜面の最も高い部分に近いからか、北側の様に東西の水の流れを意識して土の質を変えてはいない様に見えます。

外城寄りのトレンチは同時期(16世紀四半世紀第四期)の目立つ遺構が無いからかより深く掘り下げられてますが、山とは堀で分断されてるのに水が溜まってしまいます。
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北側の説明会エリア外は埋め戻されずブルーシート養生のままで、全エリアの発掘が終了してから全部開けたら壮観な事でしょう。
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城址公園としての整備の兼ね合いも有る様ですが絶対ドローンで撮影して欲しいです。

C地点は中城南端で茶室跡と思われる遺構の横で想定されてた池遺構です。
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こちらも図面で当該部分をアップで。昨年度までは土塁跡沿いに飛び石で繋いだ茶室らしき建物跡は把握されてました。
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図だと土塁の内側に造られた池に見えますが、ここは1560年頃に造られた南側庭園で、早々に北側の遺構に集約し埋められて土塁が築かれてます。

C地点の解説は川又氏です。立ってらっしゃるのが当時の地表で、遺構保護の為砂の層の上に土を盛って、復元した土塁が内から見ると半分程の高さになってるのが良く解ります。
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茶室址周りでは焼けた壁の跡が見られるほか、遺物が固まってまだ埋まってました。

池の断面も確認され、茶室手前で急角度で立ち上がってるのが見て取れます。瓦器とか瓦質土器とも呼ばれる古代の須恵器的な黒い遺物が見えます。
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池の北西側には半島状に突き出る遺構が見つかりました。短い造営時期ですが、一度深い池を造った後で埋めて浅い池に造り直されてる事が判明しました。埋戻しに使った土中にも不要となってた土器片が大量に混ざっています。
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右奥の土塁沿いの建物跡だけ土塁復元に合せて埋め戻された状態での表示となってます。奥のテントは受付用ではなく地元道無会の方が抹茶を淹れて和菓子と出して下さる呈茶コーナーテントでした。晴れてたら復元したばかりの土塁の上での予定だったみたいでちょっと残念でしたが、とても美味しかったです。

その茶室寄りには昨年のモノよりも残りが悪いのですが、水を落とす小滝遺構が見つかりました。
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残りが悪いのは真壁氏が秋田へ転出する際に抜き取られた為と推定されてますが、残る石は粘土でしっかり据え付けられており当時は水を受ける石敷きがちゃんと有ったと想定されてます。

逆向きから見てます。門の様な2つの石の間が流路でその左奥の石が石敷きですから高さは全然有りません。
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奥に土層が区切られてますが、深い池時期→埋戻し土→浅い池時期→池廃止後の埋戻し土の層だそうです。

池の外側の土塁が復元されてます。昨年度の現説時は左側のテントの手前までしか出来てませんでした。
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中央の手前に出てる隅部が一昨年撮った画像の右から出てる低い土塁の角です。

中城東門も復元され、横の櫓跡も復元されてます。
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この櫓跡は大戦時に火薬庫的に改造されていた場所ですが横の入り口も上面の穴も埋められ、整備後は東屋が建てられる予定みたいです。

続きます。
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