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桜川市八幡山古墳

八幡山古墳はJR水戸線新治駅の南東およそ2.5km、観音川を西に見下ろす台地上に築かれた円墳です。

駅から東に進み県道45号線をおよそ600m南下して県道151号線に入ります。市境の農道を右折して1.2km進んだ左手の台地下に墓地と吉沢(?)観音の石碑が見える台地の上に墳丘が在ります。石碑の横から坂を上がるとすぐ墳丘西面です。
makabehachimanyamaw_20201227235938325.jpg
地図に載ってれば上谷貝北部田園都市センターを目指すと良いです。

北向きに墳頂の八幡神社の参道が設けられ、鳥居も北側墳裾に建ちます。
makabehachimanyaman.jpg
墳丘の左右(東西)で裾部の高さが異なりますが、西面は田園調布センターの駐車場で土を盛ってる様に見えます。手元の資料でもセンタ―建築の際に石棺が出たとあるので整地の為に墳丘を削ったのでしょう。

北東より見てます。西面と異なり社殿から裾部まで真っ直ぐ下がってますが、これは耕作により大きく削られてると思われ、手摺が見えてる高さから上が上段となる二段築成の墳丘だったかの様に見えます。
makabehachimanyamane.jpg
直径約2~30mの円墳と推定されてますが、現状は東西約20m、南北は鳥居の下まで含むと30m弱、高さ約3.5mの北向きの帆立貝形前方後円墳みたいな形状になってます。径20m級の墳丘の北側に土を盛ったのか、30m級の墳丘を削ったのかは確定してません。

南西より見てます。二段築成に見えると書きましたが、上段は削られてる下段とは別にかなり改変されてる様で、神社として近年整備された墳頂周りはそれ以前の土留めの板・ブロックなどが撤去されずに残っており、神社の格がリストにも載らないほど低いからか(維持費もかからない様に)こじんまりとした境内にされてしまった可能性も有り得る気がしました。
makabehachimanyamase.jpg
この向きだと東面はあまり改変を受けてない様にも見えます。

墳丘名にもなった墳頂の兒育(ちごいく?)八幡神社です。立派な覆屋も建てられ大事にされてますが、市内神社リストや参拝記等には全然出て来ません。施工者が「稲荷山」とされ有志の名前が数名書かれてましたが詳細不明です。
makabehachimanyamatop.jpg
いくつかの訪問記を拝見すると整備前は墳頂に石棺材が置かれていたらしいです。

墳丘西面中腹の平場に標柱が設置され、
makabehachimanyamahyochu.jpg

その横に石棺材が保存されてます。出土した際に直刀と銅鋺が見つかり史跡の指定を受けており、それらから7世紀になってからの築造と推定されてます。
makabehachimanyamasekkan.jpg
遺物は市の歴史資料館だより(pdf)で紹介されてます。
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