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藤岡市神田・三本木古墳群六反支群A群(前編)

六反支群は群の神流川寄り東端の県道13号線十石街道東側の神田地区に分布していて、すぐ北東の台地下には7基の円墳が確認されている牛田古墳群が分布します。現在墳丘の市有地化や整備も進められてます。

整備の一環で1基だけ保存されてる前方後円墳の傍に解説板が設置されてます。ここでは神田地区古墳群と呼称され前方後円墳3基、円墳55基が確認されてます。分布図でも明らかな様に県道西側の墳丘は確認されていても半分以上が調査・記録されずに消滅してるのに対し、このエリアは調査・保存が積極的に行われ遺跡の指定もされてます。
jindasanbongikaisetu.jpg
正式ではありませんが、六反支群の中ほどに古墳の無いエリアがあって調査されたところ埋没谷だった事が判明し、そこから北を整備エリアの調査報告書ではA群と分ける案が有ります。

整備エリアの北端に在る美久里地区70号墳を南より見てます。直径約15m、高さ約2.5mの円墳です。
mikuri70s.jpg
墳丘の奥の民家の場所でも数基の円墳が確認されてますが私有地内で確認出来ません。もしかしたらお社の基壇になってる円墳は残っているかも・・・?

調査は行われていませんが、墳丘上は南西向きの主体部が盗掘されたか陥没したかの様に凹んでます。
mikuri70top.jpg

西より見てます。墳丘上の木立伐採前から西南西向きの前方後円墳に見えますが、測量図で見ると手前の部分は墳丘南側の高さで南北に断ち切られ、逆に画像外右手の71号墳と続いていた様に見え、整備エリアと私有地の境を盛り上げてる様に見えます。
mikuri70w.jpg

その美久里地区71号墳を南西より見てます。綜覧では美久里村146号墳と呼ばれ馬形埴輪が出たとされ、整備調査で南・西面で確認された周溝はK‐1号墳と呼ばれてます。
mikuri71sw.jpg
砂利道の下墳丘南面から左手奥の墳丘の先まで周溝が確認されており、北向きの前方後円(方?)墳だと思われます。隣接して撮影位置南側ではK‐2号墳の周溝の一部と自然石を積んだ石室が新発見されてます。

南東側の神田A号墳址脇より見てます。現状直径約10m、高さ約1.5mの円墳ですがこの様に墳丘西面に被さる様に砂利を盛られて高くなっており、そこから70号墳横へ下るスロープ状の道も盛り直されてるのでより小さく見えます。
mikuri71se.jpg
市の纏めた資料では70号墳よりも良好の保存状態と書かれてますが現状では偲ぶべくもありません・・・。

180度振り返って美久里地区74号墳を北西より見てます。農地整理前は墳丘西側を農道が通っていたので墳裾を石垣で固められてます。墳丘上は枝垂桜一本を残して綺麗に伐採され平らに低くなっている墳形が良く見えます。
mikuri74nw.jpg
右手奥に埋没谷を挟んだ南側の墳丘が見えます。

北東より見てます。現状は直径約14m、高さ約1.5mの規模です。墳丘は未調査なものの北面の一部にのみ周溝が見つかりK‐4号墳と呼ばれましたが、ブリッジが有るなら兎も角V字状に接する周溝は???です。
mikuri74ne.jpg
航空写真ではそれなりの円形に復されている様に見えるのですが、左手前側に回り込む様に農地が続きやや直線状に見えるのと、墳丘南東面に葺石と思われる石材が集められてるので余計に歪に見えます。

墳丘上から見てますが、マウンドが続くのではなく川原石だけが集められてるのが分かります。木の剪定で切った枝もその上に積まれてました。
mikuri74sekizai.jpg

続きます。
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