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藤岡市神田・三本木古墳群六反支群C群(前編)

C群はB-3群の南西側、B-2群の北西側に分布し、各墳丘を少し話して密集させずに築いています。
jindasanbongiCn.jpg
右奥の山の上の鉄塔の少し右奥の山頂に浅間神社古墳が在ります。

C群の中央に位置する前方後円墳で、高橋塚古墳と呼ばれ整備前は美久里地区111号墳と呼ばれてたK‐15号墳を南南東より真横から見てます。
mikuri111se.jpg
この向きだと西南西を向く墳長24m、高さ3.5mの規模も、右が後円部で左が前方部の墳形も綺麗に残されている様に見えますが・・・

残る墳丘でシンボル的存在でもあり位置的にも中心的場所になる事から、この墳丘の横に標柱と
jindasanbongihyochu.jpg

群の解説板が設置されてます。位置的には分布図中央やや右の星マーク(☆)が分散する辺りです。
jindasanbongikaisetu.jpg

南西側から見るとと農地整理時の新しい境界で調査後に主軸線に対して斜めに直線状に北東側を削られ、前方部先端がほぼ失われてます。
mikuri111sw.jpg

前方部より後円部を見てます。調査・整備時に墳丘上の木は伐採されました。
mikuri111ftor.jpg
この左手、後円部の西側およそ30mには1970年代の終わりまで円墳(112号墳?)がもう1基残ってました。調査はされてないみたいですが、当時の航空写真だと丸く土取りされた地面が写ってます・・・。

後円部で180度振り返って前方部を見てます。左側も旧農道だったので若干削られています。
mikuri111rtof2.jpg
ワンチャンで全貌を見学出来た8年前に訪問されてる埼群古墳館別館さんの画像と比較すると・・・・゚・(つД`)・゚・。

整備前は後円部南面に崩れかけた横穴式石室が開口していましたが埋め戻され、後円部墳頂に露出する石材だけがそれを偲ばせてくれます。向きからすると奥壁の石材でしょうか?
mikuri111rtop.jpg
中は凝灰岩の切石積みの無袖型横穴式石室です。

葺石も多く見られます。右上の石が目立たない部分が石室埋戻し跡です。
mikuri111hukiisi.jpg
円筒埴輪や形象埴輪、須恵器が出土してます。

高橋塚古墳の上から北に15m程離れて築かれてる美久里地区113号墳を見下ろしてます。
mikuri113se.jpg
背後に114号墳も見えてます。

西より見てます。直径約15m、高さ約3mの円墳です。盛土で保護されてか葺石等は全然見えません。
mikuri113w.jpg

更に10m程の間隔を開けて北北西側に築かれている美久里地区114号墳を西より見てます。
mikuri114nw.jpg
直径約15mの円墳ですが、この1基は墳丘上が畑になっていたため低いマウンドになっていて、新設された舗装路で北西面を削られてます。

北東より見てます。ここの東面も整備時に買収出来なかった部分だけ直線状に削られてしまった様です・・・。
mikuri114n.jpg
画像右奥の東京電力美九里変電所の下は神田・三本木古墳群A地点として推定4基の円墳が検出されてます。埴輪や須恵器が出土してますが六反支群よりも先の調査だったので別個にK‐〇号墳の名称が振られてます。

神田・三本木古墳群はあと一回続きます。
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