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東松山市野本古墳群(前編) 附野本館

野本古墳群は柏崎古墳群の西近くから、県道408号線手前の野本将軍塚古墳までのエリアに分布する古墳群で、前方後円墳1基、円墳7基から成ります。

野本1号墳とも呼ばれる野本将軍塚古墳を西より見てます。4世紀後半に築かれた現状墳長115m、高さ15mの南向きの前方後円墳で、中央の鳥居がくびれ部で、その右が前方部、左が後円部です。当時築かれた埼玉で最大の古墳で、市の史跡に指定されてます。
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前方部は先端が一部削平されて民家が建つなどしていて、全長はまだ調査されていませんが、県内で二子山古墳、真名板高山古墳に続く規模で、奈良県のメスリ山古墳と相似形の墳丘と想定されてます。

西側くびれ部に参道が続き鳥居が建ってます。造出しも周溝も有りません。
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2段築成の前方部より後円部を見てます。前方部には日露戦争戦没者の忠魂碑が建ち、周囲のレーダー探査が行われてますが、埋葬施設らしき反応は有りませんでした。
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以前は前方部上部が5m程削られてるとする説が有りましたが、墳形の調査の後は否定されてます。

少し進んでくびれ部より3段築成の後円部を見上げてます。後円部とは比高差約7m有ります。
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後円部で180度振り返って前方部を見下ろしてます。途中の平面は後円部中段の上面テラス面の一部が残ったモノと判ってます。
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再度振り返って直径約25mの後円部墳頂に鎮座する利仁神社です。藤原利仁鎮守府将軍を祀るために延長元年(923年)に創建されたと伝わります。
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ボーリング調査により中心のやや南、地下約1.2mで礫槨が見つかってるほか、レーダー探査で更にその下に主軸線の向きで長さ約8m、幅約3.5mで断面U字形の竪穴式埋葬施設と思われる反応が出ています。

後円部を北西より見てます。現在の墳端はオリジナルではなく、裾部が急斜面で下ってる高さが下段部分でそこからテラス面が張り出して前方部と繋がり、現在の周回路にかけて墳丘が拡がっていたものが長い年月で徐々に削られたと想定されてます。
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なので墳丘北端ももっと伸び、現状不明と言う事になります。

その裾部に解説板が設置されてます。
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そこから北を向いた正面の無量寿寺は中世の野本館の跡です。
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少し昔は境内背後が竹林になっていて空堀と土塁の一部が見えていたそうですが、竹が伐採され藪化し、殆ど見えなくなってしまってます。でも調査で往時には二重目の堀が追加で構えられてた事が判明してます。

参道から墳丘との間の道路へ出る手前に標柱が設置されてます。
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山門前に設置されてる野本館についての解説板です。
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野本氏は利仁将軍の警護をしていた片田基親の末裔とされてます。
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