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栄町龍角寺古墳群(その1) 浅間山古墳

龍角寺古墳群はJR成田線下総松崎駅の北方およそ1.5mnの台地上周辺に分布する大規模な古墳群で、6世紀前半に造営が始まった後、首長が変わり勢力が公津原古墳群から移って来て多数の古墳が築かれたと想定されてます。

風土記の丘内の房総風土記の丘資料館(長期休館中)玄関前から竜角寺へと続く白鳳道と言う古道を北に向かって進むと県道18号線(成田安食バイパス)のバス停に出られますが県道に出ずに、左手の坂を下って県道を潜ります。
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時期によっては県道下のトンネルを抜けると倒竹で進むのも困難な場合も有るみたいですが、100mちょっと坂を上がると後円部の東側に出ます。これが浅間山古墳と呼ばれる龍角寺111号墳です。
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ここに解説板が設置されてます。常時見られる浅間山古墳の解説はここだけです。
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後円部の裾部に沿って左手に進みくびれ部南東面より墳丘を真横から見上げてます。群中最大規模で、7世紀前半に周辺では最後に築かれた前方後円墳と推定されてます。
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南西向きで墳長約78m、高さ現状8mの前方後円墳で、左が前方部で右が後円部なのですが、日が当たってる石室前庭部がほぼ重なって後円部が良く見えてません。周溝も含めた全長は90m以上とされます。

先程の階段を上がった後円部墳頂には浅間社が祀られてます。手前の踊り場の少し下が元の後円部の高さです。
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こことは別に後円部北側裾部には八坂神社の祠が祀られています。

後円部墳頂より前方部を見てます。
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近年は町によって墳丘上の草刈りが行われ墳丘上が見易くなりました。
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くびれ部より見た後円部も以前はこんな感じでした。
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草刈りされて後円部南側を周って前方部上へと行く獣道もサッパリしました。
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浅間社が建つ際に1m程土盛りされて高くなっていて、大生古墳群の鹿見塚古墳みたいにちょこんと後円部上段が飛び出てる印象です。

180度振り返って草刈りされた前方部を見てます。緩い勾配で先端が高くなっていて、先端の高さは後円部の元の高さとほぼ同じです。
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前方部先端付近より後円部を見てます。
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休館中は見られませんが、2018年に風土記の丘内の房総風土記の丘資料館1FにL6.7m×W2.3m×H2mの石室の原寸大レプリカが造られました。
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オリジナルは筑波産絹雲母片岩(筑波石)の板石組横穴式石室ですが、レプリカは天井石・側壁・奥室などは強化プラスチック製で、中に入れる前室床面はプリント再現です。

奥室内に造り付けられ、盗掘の痕跡が窺えないのに中は空っぽだった石棺も再現されてます。
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こことは別に前室に関東では大変珍しい漆塗りの木棺が据えられていた事が判明しています。

再現されたのはほぼこの図の範囲で、羨道の一部が省略されてます。前室・奥室には左壁に大きい覗き窓が設けられ履物を脱いで石室内に入らなくても見学出来ます。
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石室内や周囲からは金銅製冠飾をはじめとする装飾金具の他、刀類・飾り弓・鉄製小札・馬具・鉄鏃・鉄釘などが出土し、千葉県の有形文化財に指定されました。

すぐ横には色の付いて周溝などの見易い実測図・断面図のパネルや、
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解説パネルも設置されてます。
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